オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

考えるとおかしい日本語――貴方は「ぢ」と「じ」の違いが分かりますか:歪められる国語の歴史と再生への道

土屋秀宇・著 22世紀アート・刊

660円(キンドル版・税込)

キンドル版しかない、つまり紙の本が発売されていない刊行物なのですが、これには理由があります。

本書は現在の版が3度目の出版となる、復刊本なのです。最初の版は2005年に芸文社から刊行された『学校では教えてくれない日本語』というものでした。

これが絶版となり、2009年に光文社知恵の森文庫から『日本語「ぢ」と「じ」の謎国語の先生も知らなかった』というタイトルで復刊しましたが、それも絶版。

そして今回の版が3度目の上梓となります。そして、もう絶版にしないという意味もあってか、電子書籍としての登場となりました。

したがって、どうしても紙の本として読みたいという方は、前2版のどちらかを古書店やアマゾンのユーズドで購入することができます。

ただし、復刊するたびに著者が加筆修正していますので、新しい版のほうがより著者の最新の思いを反映しているといえるでしょう。

ちなみに、電子書籍版の版元である22世紀アートという出版社は、電子書籍とオンデマンド本を中心に復刊ものをよく手掛けているところです。自費出版書籍も多数出しています。

なぜ電子書籍とオンデマンド本で自費出版かというと、紙の本では数百万円になってしまう自費出版のコストを劇的に下げるためです。電子書籍なら刷版代と印刷費、製本費が抑えられますし、ある程度の部数を作って在庫させる必要もありません。

どうしても紙の本がいいという人には、オンデマンド本があり、そちらは印刷費と製本費を本の購入者が負担するため、やはり著者の支払うコストが下げられます。

まだまだ電子書籍の「活字本」は売れているとは言えない状況ですが、「絶版がない」「書棚を圧迫しない」という特徴がもっと理解され、支持されるようになれば、やがては電子書籍が当たり前で紙の本は贅沢品という時代になるでしょう。そのほうが環境にも優しいですし。

さて、それでは本書の内容を見ていくことにしましょう。光文社知恵の森文庫版のアマゾン紹介文には、次のような記載があります。
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あらためて聞かれると答えられない日本語の矛盾。その多くは、明治以来の国語政策や、時の知識人たち、さらには外圧まで加わって作り出されたものだった!
楽しみながら古典や漢字を学ぶ教育を実践し、「漢字の校長先生」として親しまれる著者が、日本語に隠された「謎」をやさしく解き明かす。
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もうひとつ、芸文社版のアマゾン紹介文にはこうあります。
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現代日本語が抱える矛盾の多くは、言語の自然な変化の中で生まれたものではありません。あるときは時の権力者が、またあるときは知識人が、あるときは外圧により、またあるときは「国」が、それぞれ意図を持ってねじ曲げ形を変えてしまったのです。学校では決して教えてもらえない、日本語のお話。
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このへんで、著者を紹介しておきましょう。
著者の土屋秀宇(つちやひでお)氏は、1942年千葉県生まれ。千葉大学教育学部英語科を卒業後、小・中学校の校長を歴任します。船橋市立法典東小学校校長時代に手掛けた実践研究「自ら学ぶ力を育てる漢字指導」が、第43回読売教育賞を受賞しました。そしてNPO法人日本漢字教育振興協会理事長などを歴任後、現在は「楽しい親子国語教室」の出前授業や、教職員研修、講演等を通じて、国語教育の正常化に努めているそうです。

本書の前書きは、この部分だけ旧仮名遣いで書かれています。なぜそうしたかは、本書全体のテーマである「ねじ曲げられた日本語」に対する反抗と読み取ることができます。

ではその「日本語のねじ曲げ」は、いつ、誰によって行われたのでしょうか。著者はそれに対して本書の前半部分から明確に答えています。

それでは、目次を紹介しましょう。
・まへがき(ここのみ旧仮名遣い)
・プロローグ あなたは日本語が変なことに気づいていますか?
「鼻血」は「はなぢ」なのに、どうして「地面」は「じめん」なのか?
火によってとけるから「熔岩」なのになぜ「溶岩」と書くのか?
素朴な疑問! なぜローマ字が義務教育に組み込まれているのか?

・第1章 あの有名人が漢字を廃止しようとしていた?
  一円切手の人、前島密が将軍慶喜に漢字廃止を建白
  新井白石も福沢諭吉も漢字制限派だった!
  わずか二六文字に幻惑された江戸・明治のインテリ層

・第2章 「西洋に追いつけ」が主流の中で翻弄された国語
  書き言葉と話し言葉を統一せよ!
  携帯メールの原点は明治時代にあり?
  かな派、ローマ字派漢字廃止を主張する二大派閥が誕生
  〝妖怪博士〟も「異議あり!」漢字擁護派が反論を開始
  小学校に「国語」が登場したのはいつ? その目的には何があった?
  これじゃまるで漫画!? 大顰蹙の「棒引き字音仮名遣い」

・第3章 漢字廃止に連動する仮名遣い論争勃発!
  〝柔道の祖〟嘉納治五郎も参戦!? 文部省「国語調査委員会」って何?
  国語施策の「官」のリーダー上田萬年を知っていますか?
  歴史的仮名遣いをなくすな!! ?外・龍之介も猛反対

・第4章 近代国家に漢字はいらない?
  敗戦、復興…そして漢字狩りが始まった
  これはGHQの陰謀か!? 国語改造計画がスタート
  志賀直哉の妙案? 公用語をフランス語にせよ!
  『路傍の石』の作者がルビ廃止を強硬に主張
  GHQが子供たちを実験に使った!? 日本語がどんどん変わってゆく…

・第5章 何か変? ゆがんだ国語が続々誕生!
  吉田茂も関係していた!? 現代かなづかい&当用漢字表が登場
  当用漢字表は漢字全廃を前提に作られていた!?
  佐藤栄作もびっくり!「何、俺の名字もない!?」
  「時計」を「と計」と書く…ここまでやるか!? 当用漢字音訓表
  代用漢字は所詮「本物」ではなかった!?
  子供たちを漢字嫌いにした!? 当用漢字字体表
  整形手術に失敗!? 醜くなった省略漢字

・第6章 まだまだ続く、ゆがんだ国語
  ゴジラ松井が「松いひで喜」? 「学年別配当漢字」は不思議だらけ
  二年「道」、三年「路」「横」、五年「断」四年がかりで「横断道路」が完成 ?
  「弘」も「彦」も使えなかった!? 人名用漢字問題の根っこはどこにある?

・第7章 「現代かなづかい」が人々を混乱させた!
  発音通りの表記で本当にいいの? 何だかおかしい「現代かなづかい」
  「現代かなづかい」はまさに「ふ抜け」!
  「ゐ」と「ゑ」を読めますか、使えますか? 五十音図を見直してみよう
  どうすればいいの? 「ぢ」と「じ」の使い分け
  ややこしすぎます!?「送り仮名」の決まり

・第8章 戦後、ついに国語問題大論争が勃発!
  一大社会事件にまで発展 福田vs.金田一の大論争とは?
  財界、文学界の大物が動く!「民」による「國語問題協議會」が発足
  世界的な癌博士が激怒!?「漢字仮名交じり文を国として認めよ!」
  金田一京助の息子も認めた!?「戦後国語施策」の誤り

・第9章 日本語は今も狙われている?
  当用漢字を改訂した「常用漢字」が登場
  「現代かなづかい」の矛盾を引きずる改訂「現代仮名遣い」
  未だに脱皮できない「新聞用字用語集」

・第10章 国語再生の鍵を求めて
  最初から〝本物〟を子供に教える「正書法」教育のすすめ
  「読み書き分離学習」と「漢字の体系的学習」で子供が変わる
  幼児や知的障害児が好む漢字の不思議

・エピローグ 国語が変われば、日本は変わる
  訓読みを発明した日本人の素晴らしき可能性
  「漢字仮名交じり文」の素晴らしき表現力に感謝!
  日本人のアイデンティティは「国語」にあり
  美しい日本語のしらべを取り戻したい

目次を見ると、著者の主張はほぼ想像できると思います。千年以上の歴史を誇るわが日本語が乱れているのは、明治維新と敗戦という二つの急激な革新の中で、権力者たちが理解不足のもとに「改変」を急いだからです。

明治維新のとき、時代のリーダーたちは日本の植民地化を免れ、欧米列強に伍して日本を繁栄させるのに必死でした。その必死さのあまり、「日本が遅れているのは日本語が難解だからだ」という結論に飛びついてしまいます。そして漢字廃止論や日本語ローマ字化、外国語の公用語化などの意見が出てきます。

敗戦時、日本の支配者となったGHQは、やはり日本の改革のためには日本語を変えなければならないと考えました。そして漢字廃止論者や日本語ローマ字化論者に力を与えます。

その流れの中で出てきたのが、年配の方ならご存じの「現代かなづかい」と「当用漢字表」でした。ここで注目すべきは「当用」という言葉です。これは「今のところは」という意味で、将来の漢字廃止を前提にしたものでした。

漢字廃止運動は日本だけのものではありませんでした。歴史的に漢字を使っていた朝鮮やベトナムでも漢字廃止運動が起き、それらの国々ではもう若い人たちは漢字を読めません。漢字発祥の中国でも、簡体字という画数を減らした漢字が導入されました。

しかし、漢字廃止論は漢字の持つメリットを理解していない、あまりにも近視眼的な考えでした。長い歴史の中で廃れずに続いてきたものには、必ず意味があります。そこを解明しようとせずにいきなり変えてしまう、なくしてしまうというのは、野蛮な行為です。

当用漢字は常用漢字となり、制限は緩和されましたが、抜本的な見直しとはなりませんでした。そのため、今でも新聞を見ると代用漢字、交ぜ書きが幅を利かせています。代用漢字とは、本来の漢字の代わりに別の文字を使用するもので、以下のような例があります。もうそれに慣れてしまった人は、本来の表記を見ると間違いと感じてしまうかもしれません。
正「風光明媚」 代「風光明美」
正「昏迷」 代「混迷」
正「撒水」 代「散水」
正「萎縮」 代「委縮」
正「暗誦」 代「暗唱」
正「衣裳」 代「衣装」
正「交叉点」 代「交差点」
正「骨骼」 代「骨格」
正「根柢」 代「根底」
正「尖鋭」 代「先鋭」
正「煽動」 代「扇動」
正「戦歿」 代「戦没」
正「褪色」 代「退色」
正「短篇」 代「短編」
正「註釈」 代「注釈」
正「沈澱」 代「沈殿」
正「手帖」 代「手帳」
正「編輯」 代「編集」
正「掠奪」 代「略奪」

交ぜ書きについては、よく話題になるので問題意識を持っている方も少なくないと思います。
「まん延防止」「医療ひっ迫」「文書改ざん」と「蔓延防止」「医療逼迫」「文書改竄」を見比べれば、見ただけで意味がわかる漢字のメリットが交ぜ書きでは失われていることがよくわかります。今は新聞でもルビが振れますから、交ぜ書きは存在する意味を失っているはずですが、多くの新聞は態度を変えません。代用漢字や交ぜ書きを新聞が支持した理由が「活字を減らしてコストダウンを図りたい」という理由であったことも忘れているのでしょう。

冒頭の挨拶で触れた「ぢ」と「じ」ですが、これはかなり複雑な問題をはらんでいます。たとえば現在のルールでは「続く」は「つづく」ですが、「五人ずつ」はそのルールでは「五人づつ」と表記しなければならなくなります。

昭和61年に改訂された「現代仮名遣い」によって、ようやく「心中」を「しんぢゅう」と書いてもよいことになりました。しかし、これでは2種類の表記が存在することになり、明快ではありません。同様のことは送り仮名でも多数発生しています。「おこなう」を「行う」ではなく「行なう」と表記している人は少なくありません。

とにかく、本書が警鐘を鳴らしている日本語の問題は、広く日本人全体の問題でもあります。ぜひご一読をおすすめします。


 

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