オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

「欲しい!」はこうしてつくられる
脳科学者とマーケターが教える「買い物」の心理

マット・ジョンソン/プリンス・ギューマン・著 花塚恵・訳 白揚社・刊

2,750円(紙版・税込)

久しぶりにキンドル版のない本を紹介します。400ページの厚めの本なので、気軽に買うにはちょっと勇気が必要かもしれません。でも、ニューロマーケティングの最新の知見を得たいなら、ぜひ読んでおきたい本です。

邦題と原題はかなり違います。原題は「Blindsight」。「ランダムハウス英和大辞典」によると「盲視:盲人にみられる現象で、光源その他の視覚刺激に正確に反応すること」とあります。

副題は「The (Mostly) Hidden Ways Marketing Reshapes Our Brains」とあります。直訳すると、「マーケティングが私たちの脳を再形成する(ほとんど)隠された方法」となるでしょうか。

ちょっとよくわからないので、「訳者あとがき」を見てみます。
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本書の原題は「Blindsight」。これは「盲視」を意味します。盲視とは、実際には見えてないのにあたかも見えているかのような反応をとる現象のことで、本文冒頭では、盲人に類されるにもかかわらず障害物を避けて歩いた人の例があげられています。

そして、この原題に「The (Mostly) Hidden Ways Marketing Reshapes Our Brains」という副題が続きます。つまり、私たち消費者の脳をつくりかえるマーケティングのテクニックは(ほとんどの場合は)目に見えないので、それが見えるようになる力を手に入れよう、というのが本書の趣旨です。
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そして訳者は、古来マーケティングは商品を大量かつ効率的に売るために行う企業の諸活動であり、そこに神経科学や心理学を応用した「ニューロマーケティング」が使われるようになっていると指摘します。

マーケティングには100年以上の歴史がありますが、ニューロマーケティングの誕生からはまだ20年ほどしか経っていません。その新しいマーケティング分野を本書は詳しく紹介しているというわけです。

本書の著者は二人います。神経科学の専門家であるマット・ジョンソンと、マーケティングの専門家であるプリンス・ギューマンです。二人はともにカリフォルニア大学サンディエゴ校を卒業しましたが、卒業後は別々の道を歩んでいました。

マットはプリンストン大学の大学院に進学して認知心理学の博士号を取得後、上海でコンサルタントを務め、プリンスはフィンテック企業のマーケティング責任者を務めていました。

卒業後10年ほど経ってバーで再会した二人は、人間の行動を予測して理解するというテーマで意気投合し、大学と大学院でニューロマーケティングのコースを開設します。そこで教えた25年間の成果が本書というわけです。

本書では現代のマーケティングにどんな力があり、消費者がどのような影響を受けるのかが詳しく述べられています。企業が行っていることが人々の脳にどのような影響を及ぼしているかがわかるにつれて、恐ろしさを感じる人もいるでしょう。

物余りといわれるほど商品の選択肢が増えた現代にあって、マーケターは自社の商品を売り込むことに必死になっています。だからこそ消費者も、本書の知見を手に入れて、マーケターたちの手の内を知り、対等の立場に立っておく必要があるというわけです。

それでは、本書の目次を紹介しましょう。

・目に見えないものを見る力
・第1章 あなたが食べているのはメニュー
――舌を騙すマーケティングのトリック

・第2章 アンカーを下ろす
――相対性の神経科学

・第3章 瞬間をつくる
――マーケティングの機会は体験と記憶の狭間にある

・第4章 記憶をリミックスする
――過去をたどると人は前に進む

・第5章 二つの意識
――消費者が決断を下すときに衝動が果たす役割

・第6章 快―不快=購入
――快・不快が購入にどう関わるのか

・第7章 依存2.0
――デジタル時代における強迫行動を収益化する

・第8章 人はなぜ特定の何かを好きになるのか
――好みという奇妙なものを探る

・第9章 共感と人間どうしのつながり
――ブランドが密かに使う言語

・第10章 あらゆるものの本質
――本質主義を知り、愛着(と売上)の生まれ方を理解する

・第11章 ミドリナル
――サブミドリナル・マーケティングを知る

・第12章 マーケティングの未来

本来「はじめに」と呼ばれる冒頭の文章で、著者たちは「盲視」の紹介をしています。脳に損傷を負って目が見えなくなった人に対して、ある種の訓練を行うと、まるで目が見えているかのような反応を示すようになるというのです。

なぜそんなことが可能になるのかというと、目から入ってきた情報を脳の損傷していない部分が処理するようになるからです。本人が情報を受けとったと認識していなくても、脳のどこかは情報を受けとっているというわけです。

そして著者たちは、これは目の見えない人に限らず、すべての人に対していえることだと主張します。どんな人の脳も、本人が意識しないところでつねにさまざまな情報を受けとっており、それを使うと本人が「なぜかわからないが」なにかをしなければならない衝動に駆られることがあるといいます。

消費者の買うかどうかの決断は、じつにさまざまなものに影響を受けています。あらゆるところで目にする広告、ウェブサイトに設置されている「購入する」ボタンの位置、パッケージのデザインなどです。

そしてその多くが、意識の外側から消費者に影響を及ぼします。あるブランドの歯磨きを買いたいと思ったとき、そう思った理由を説明できる人ばかりとは限りません。理由はわからないが、それを買いたいと思っただけかもしれません。

本書はそういた疑問を解き明かし、消費の世界の裏側やその世界をデザインするコードを明らかにしていきます。目に飛び込んでくるブランドロゴ、サイトをスクロールしていて表示される広告、テレビCMといったものは、消費の世界の一番外側にある目に見える部分でしかありません。

その表層を一皮むいていけば、脳の特異な構造を利用するために入念につくられた何かがあり、それが消費者に知られることも同意を得ることもなく影響を及ぼしています。それがニューロマーケティングです。以下、各章でその実態を説明していきます。

第1章のはじめに、料理コンテストの一シーンが紹介されています。美味しそうな肉料理が審査員の前に5皿並べられています。ただし、その中の1皿はドッグフードです。このコンテストでドッグフードを当てられた審査員は1人もいませんでした。

同様の実験はワインでも行われています。ソムリエたちに赤と白のワインの入ったグラスを渡し、それぞれの感想を述べて欲しいというものでした。しかし、その赤ワインは、白ワインに食紅を混ぜて作ったニセモノでした。

しかしワインのプロたちは見事に騙されてしまい、2種類のワインをまったくの別物として感想を述べたのです。舌に届いた情報は同じであったにもかかわらず、脳が別の受け取り方をしたからです。

著者たちはこう言っています。「私たちは食べたものを直接感じはしない。舌に届く食べ物の客観的な感覚と、脳が最終的に経験することのあいだには大きな隔たりがある。偉大な哲学者の故アラン・ワッツの言葉にあるように、『われわれが食べているのはメニューであって食べ物ではない』のだ」

ニューロマーケティングは、そのような知覚の隔たりを機会として利用するものです。レストランの内装や装飾、店内に流れる音楽はその古典的な例です。それがもっと深いレベルになると、消費しているものへの感じ方が変わります。

このような客観的に実在する世界と、その世界に対する主観的な認識の隔たりが、現代のマーケターにとっての主戦場というわけです。

この後この章では、コカコーラ、ペプシコーラ、ナイキ、レッドブルのマーケティング実例が紹介されていきます。

第2章では「意識のアンカリング」と呼ばれる、脳の情報処理を取り上げています。脳が何を基準にするかで判断が変わるということがテーマです。

一例として、あるウェブサイトのボタンが表示されています。押してほしいボタンを青色に、押してほしくないボタンを白色にしていますが、背景色が薄暗い色なので、つい青色のボタンを押したくなります。

また、消費者が価格の相場を知らない商品を売りたいときは、隣により高額の商品を置けばいいという例も載っています。高額商品がアンカーになるからです。

第3章では「記憶」についての脳の中の処理が語られます。とくに「ピーク」と「エンド」というものに焦点を当てています。たとえばハリウッド映画に無難な結末が多いのは、視聴者が最後の10分で作品全体の評価を決めているからです。

記憶の演出に最も熱心なのは、ホスピタリティ業界です。なかでもホテル業界は顧客を喜ばせるための小さなピークづくりに腐心しています。模様のついたトイレットペーパー、白鳥の形に折られたタオル、枕元に置かれたチョコレートのサプライズ、ウェルカムシャンパンなどがその例です。

このほか、本書には「なぜ広告の時計の針は10時10分を指しているのか?」「なぜファストフード店のロゴは赤と黄色なのか?」といった「『欲しい』を生み出すトリック」について解説があります。中身が濃くて厚い本ですが、勉強になることは間違いありません。


 

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