タイトルだけを見ると、食習慣の改善でメンタルを強化するコツが書いてある本かと思いますが、本書の内容はそれにとどまりません。むしろ、現代人のメンタル疾患がどうして起きるのかを生活習慣と個人個人の特性との絡みで解説し、メンタルの不調をどうやって治していくかを教示する本だと考えればいいでしょう。
著者の飯塚浩氏は精神科医で、平成13年から鳥取県で「メディカルストレスケア飯塚クリニック」を開院しています。そのあたりは、著者みずからの言葉で紹介してもらいましょう。
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わたしは鳥取県米子市という小さな町で医院を構えています。精神科クリニックではありますが、慢性疾患はもとより不妊やガンまで、不調を抱えた方々が他県からも来院されます。多いときで年間1万6000件ほどの診療をおこなっていて、8割の人は来院されて1~2週間でかなり症状がラクになります。
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おやっと思った人もいるかもしれません。精神科医のところに不妊やガンの患者さんが県境をまたいでおしかけ、しかもそのほとんどが症状がラクになって帰って行く? この先生はどんなマジックを使っているのか……。
その答えは、次の文章で明らかになります。
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わたしはすべての患者さんに対し、同じ考えのもと治療にあたっています。それは「薬は“救急医療”として使うに留める」ということ。慢性疾患のベースとなっている要因を、食生活を中心とした生活習慣改善やマインドセットを変えることにより取り除くという手法です。
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つまり著者は、「精神科の病気を含めたほとんどの病気は、生活習慣やマインドセットを変えれば治る」と言っているわけです。はたしてそんなことが可能なのでしょうか。著者の「年間1万6000件の診療」がその証拠なのでしょうが、それはどういう理屈なのでしょうか。
著者は「はじめに」で、そのメカニズムを解き明かしてくれています。「現代人は日々の生活の中で小さな無理を積み重ね、そのストレスをさまざまな手段で紛らわしているが、その手段自体が心身にさらなる負担となっている」というのです。
具体例として挙げられているのは、アルコールやカフェイン、甘いものといった嗜好品です。ストレス解消のためにそれらの習慣的に摂取している人は少なくありませんが、それがからだにダメージとなって蓄積していくそうです。
著者は「食生活の現代化が病気をつくる」と言います。それは現代社会に特有のものではなく、すでに過去にも同様の例があったそうです。
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社会全体の食生活の「現代化」が病気をつくった例として「脚気」があります。徳川の歴代将軍が何人もこれが原因でなくなっています。当時、玄米や雑穀を混ぜない「白米」という食べ方が社会に浸透するにつれ、脚気は爆発的に増加しました。
毎年1~3万人もの死者を出す原因不明の病として、明治時代には国家的な問題とされ、専門病院までつくられて治療法が模索されました。ビタミンB1不足が原因と判明する大正時代まで、結核と並んで二大国民病と言われていました。白米中心の食事という「当たり前」が、かくも重大な病気につながっていたのです。
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では現代の「脚気」は何か。著者はメンタル疾患や糖尿病、子供のアトピー性皮膚炎や喘息、認知症といった慢性病がそれだと指摘します。しかも、それらの病気が増えてきたのは、人類の長い歴史において「ここ50年」くらいだといいます。
それに対して、現代医学はどのように対応してきたでしょうか。ここで著者は残念な結論を提示します。現代医療の花形は救命救急であり、以前だったら失われていた命が救われるようになったことは確かです。しかし一方で、現代医療は慢性病に対して弱く、何十年もアトピー性皮膚炎に苦しむ人や、いくら薬を飲んでも認知症が治らない人が出てきています。
著者は「患者さんが生活習慣を変えることで慢性病を克服し、真の健康を手に入れることができる」と断言しています。その理由は、現代の慢性疾患のほとんどが、多様な因子が複雑に絡み合って疾患を起こしているからです。その状況を変えるには、生活習慣を変えるのが一番だというわけです。
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かつての脚気のように、慢性疾患は、今の時代を生きている人間だからこそ罹りやすい現代病なのです。そのため、糖尿病の薬だけ、アレルギーの薬だけ、栄養サプリメントだけといった対症療法的な治療だけでは改善できません。全体的なアプローチが必要です。
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それでは、本書の目次を紹介しましょう。
・はじめに
・第1章 現代生活がメンタル疾患を激増させる
・第2章 人生を楽しむことこそ健康への近道
・第3章 メンタルを強くする食習慣
・第4章 魔法の次世代万能薬!? CBDオイル
・おわりに
第1章のはじめのほうで、著者は大事なことを教えてくれます。「精神科を受診する患者さんで、メンタルだけが突然おかしくなったという人はまずいません。『肩こりがひどくて』『胃が痛くて』『最近眠れなくて』と、さまざまなからだの不調が出て、最後にメンタルに支障が起こります」
それはどういうメカニズムかというと、「多少は辛いことがあるのが当たり前」という現代人の生活で、わたしたちは無理を溜め込んでいきます。その無理がストレスになり、それを解消しようと自分の好きな方法をとります。それがたとえばアルコールだったり、ジャンクフードだったりします。
心に溜まったストレスをお酒で紛らわすと、アルコールがからだを傷め、健康が脅かされます。そしてからだのアンバランスがメンタル疾患を招いてしまうという順序です。ジャンクフードの場合は、塩分過多、高脂質、高カロリーの食べ物が生活習慣病を呼び、それがメンタル疾患に繋がっていくということです。
このとき、わたしたちはアルコールやジャンクフードに対してプチ依存症の状態になっています。正常な嗜好ではなく、ストレスでバランスを崩した心とからだをごまかす方法です。本来からだが必要としているものでなく、依存物質をからだに取り入れることが癖になると、自律神経が乱れてきます。
本当にからだが喜ぶものでなくても、常時からだに入れているものを断つと、誤魔化していた日常生活の不満や無理をダイレクトに感じてしまい、抜け出すことが難しいループに入ります。こうして、あたかも麻薬患者のように、心身が蝕まれていきます。
次に挙げられているのは「副腎の疲れ」です。副腎はわずか数グラムの小さな臓器ですが、ピンチを乗り切るためのコルチゾールという物質を分泌します。これは「ストレス反応」と呼ばれ、生命を維持する上で重要です。
ところが、ストレスの多い現代人は年中コルチゾールを分泌しているために、副腎がオーバーワークになっています。そこに睡眠不足、栄養不足、リラックス不足が重なると、副腎へのダメージが溜まっていきます。
その結果、朝すっきり目が覚めなくなり、肩こりや頭痛、背部痛が生じたり、風邪を引きやすくなったり、アレルギー性鼻炎や蕁麻疹の症状が出やすくなったりします。そして最後には、動けなくなってしまいます。
さらにまずいことに、副腎疲労になりやすい人は、動けない自分を責めてしまう傾向があると著者は言います。そのような人は、まず睡眠不足、栄養不足、リラックス不足の根底にある「自分を幸せにしないマインドセット」を少しずつラクなものにするしか方法がないそうです。
現代医学ではメンタル疾患に向精神薬が処方されていることが多くなっていますが、この薬で症状が軽くなっても、それは根本的に健康になったのではないと著者は言います。なぜなら、神経伝達物質に影響を与える因子は向精神薬以外に多数あるからです。
その因子とは、体質、栄養、血糖値の乱高下、カフェイン・アルコールなど、炎症、睡眠覚醒リズム、ホルモン、運動、ストレスなどです。だから、もし向精神薬を処方されて症状がラクになったら、ほんとうの治療はそこから始まると考えるべきなのだそうです。
そして著者が主張するほんとうの治療とは、マインドセットや生活習慣を変えることによる、生活面の改善です。著者はこう言っています。
「メンタル疾患は『神経伝達物質の病気』ではありません。今までのものの見方や食事も含めた生活習慣の積み重ねが、個人の体質と絡み合うことで神経伝達物質のアンバランスにつながったのです。だからマインドセットや生活習慣を変えなかったら、また元に戻ります」
残念なことに、「生活習慣を変えることがほんとうに健康につながる」という感覚を持っている医者は少ないそうです。だから、慢性疾患に悩む人が減らないのだというのが、著者の主張です。
著者のクリニックでは、初診にたっぷりと時間をかけます。その中で、次のようなことを聞きます。
・3世代分の疾病履歴、職業、目だった性格的な特徴
・幼少期から現在に至るまで時系列に沿った出来事(家庭環境の変化も含めて)
・現病歴(症状発現時期、症状の出方、消え方の特徴、治療歴)
・生活パターン、仕事内容、運動習慣とそれらの最近の変化
・身体疾患、常用薬、服用中のサプリメント
・食事内容と栄養不足症状
・カフェイン、飲酒、タバコ
・心理テスト(描画テストなど)
著者は「医原病」という言葉を紹介しています。医療行為が原因で疾患を起こしているというのです。
たとえば、検査値が高いからと薬を出され、その出された薬のためにバランスを崩してぼーっとしているので、「うつなんじゃないか」「認知症じゃないか」と、また別の病院に連れて行かれるなどです。
第2章の冒頭には、著者による「健康の定義」が載っています。
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わたしが考える健康とは、「心地よいと感じる状態」のことです。どこにも痛みがなくても、不調ではなくても、心地悪ければ不健康です。
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続けて「うつ病の定義」が語られます。
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うつ病とは気持ちが落ち込んだ状態を指すイメージがあるかもしれませんが、実際は「うまく休めない状態が続くことで、休んでもよいタイミングなのに休めなくなってしまっている状態」です。したがって興奮状態になることでバランスをとっているような場合も当てはまります。
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この2つの定義を知るだけでも、この本を手にした価値があるかもしれません。
著者は心が健康でない人はネガティブモチベーションで動いていると言います。「こうしないとまずいぞ」「ちゃんとしておかないと大変なことになるぞ」と自分を脅しながら動いているからです。
その状態の人は、やがて自分が何をしたいのかがわからなくなってしまうそうです。自分の気持ちを抜きにして行動する習慣が染みついてしまった結果です。
そういう生き方は、慢性的にストレスを抱えてしまいがちです。それが心身を疲弊させ、慢性疾患を呼び寄せてしまいます。
著者の言う「仕事の原点」とは、「自分ができることをして、誰かに喜んでもらえるとお金が発生する」ことです。その状態にあれば、仕事は喜びを生むはずです。そうなっていなければ、仕事への取り組みにネガティブモチベーションが入っていないかを検討する必要があります。
著者から読者へ、こんな言葉が投げかけられています。
「今がもし不快なら『心地よくないのはおかしい』と思いましょう。苦しくて当たり前、我慢が必要だと思っていたら、不快な状態は変わりません。ラクでなかったら何かがおかしいのです。やり方、やるペース、やる対象、何かがおかしいのです」
最後に、著者の言う「メンタルが強い」とはどういうことかを紹介しましょう。
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真のメンタルの強さとは、安定しているということです。安定しているからストレスに柔軟に対応できるのです。そして、からだも安定します。
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「健康」を追求していくうちに、「生き方」について考えさせられる、そんな本です。