本書は2月8日調べの丸善日本橋店週間総合ベストセラー第3位にランクインしたヒット書籍です。同じ著者による「未来の年表シリーズ」の第5弾で、累計で88万部を売り上げているそうです。
ちなみに、シリーズのラインナップは以下のようになっています。
1 『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』
2 『未来の年表2 人口減少日本であなたに起きること』
3 『未来の地図帳 人口減少日本で各地に起きること 未来の年表』
4 『未来のドリル コロナが見せた日本の弱点 未来の年表』
5 本書
著者はこのシリーズで一貫して人口が減少する日本がこれから直面することをリアルに描き出し、警鐘を鳴らしています。ただ「大変だ!」と騒ぐのではなく、さまざまな統計データから起こり得る未来の事象を描き出しているので、インパクトがあります。
著者の河合雅司氏は1963年名古屋市生まれの作家・ジャーナリストです。人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授、大正大学客員教授のほか、日本医師会総合政策研究機構客員研究員、産経新聞社客員論説委員、厚労省や農水省などの有識者会議委員も務めています。
本書にどんなことが書かれているかは、表紙カバーを一読しただけでおおよそ見当がつきます。
物流 運転手不足で10億トン分の荷物が運べない
寺院 多死社会なのに寺院消滅
インフラ 水道料金が月1400円上がる
鉄道 駅が電車に乗るだけの場所でなくなる
住宅 30代が減って新築が売れなくなる
公務員 60代の自衛官が80代を守る
金融 IT人材80万人不足で銀行トラブル続出
著者はこれからの日本が直面する危機を「ダブルの縮小」と命名しています。人口減少による実人数が減ることで、消費量が落ち込むことが見えているからです。
そのあたりのことを、著者は「はじめに」でこう記しています。
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経済上の危機は大概、「時間」が解決してくれる。画期的な技術の登場に助けられることもある。政府などの支援も活用しながら、企業は独自の経営努力によって何とか乗り切るだろう。ところが、人口減少はそうはいかない。(中略)人口問題とは、繰り返し起きる社会経済問題などとは異なり、日本社会に与えるインパクトが桁違いに大きいのだ。
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ところが、著者の目から見ると現在の企業経営者たちは、まるで現実逃避をしているようだといいます。人口減少で市場が縮むことが明らかなのに、いまだに売上高の拡大を目指す経営者が少なくないからです。
市場が小さくなるのに、右肩上がり時代の成長を夢みていれば、いずれ破綻することは明らかです。今すぐにマーケットが縮小しても成長が可能なビジネスモデルに転換しなければならないと著者は主張します。
どうすればいいか――過去の成功体験と決別し、発想を変えて成長分野を定め、集中的に投資や人材投入を行うことというのが、著者の処方箋です。これを著者は「戦略的に縮む」と称しています。
それではここで、本書の目次を紹介しましょう。
序章 人口減少が日本にトドメを刺す前に
第1部 人口減少日本のリアル
●革新的ヒット商品が誕生しなくなる
――製造業界に起きること
●整備士不足で事故を起こしても車が直らない
――自動車産業に起きること
●IT人材80万人不足で銀行トラブル続出
――金融業界に起きること
●地方紙・ローカルテレビが消える日
――小売業界とご当地企業に起きること
●ドライバー不足で10億トンの荷物が運べない
――物流業界に起きること
●みかんの主力産地が東北になる日
――農業と食品メーカーに起きること
●30代が減って新築住宅が売れなくなる
――住宅業界に起きること
●老朽化した道路が直らず放置される
――建設業界に起きること
●駅が電車に乗るだけの場所ではなくなる
――鉄道業界に起きること
●赤字は続くよどこまでも
――ローカル線に起きること
●地方に住むと水道代が高くつく
――生活インフラに起きること
●2030年頃には「患者不足」に陥る
――医療業界に起きること1
●「開業医は儲かる」という神話の崩壊
――医療業界に起きること2
●多死社会なのに「寺院消滅」の危機
――寺院業界に起きること
●会葬者がいなくなり、「直葬」が一般化
――葬儀業界に起きること
●「ごみ難民」が多発、20キロ通学の小学生が増加
――地方公務員に起きること
●60代の自衛官が80~90代の命を守る
――安全を守る仕事に起こること
第2部 戦略的に縮むための「未来のトリセツ」(10のステップ)
ステップ1 量的拡大モデルと決別する
ステップ2 残す事業とやめる事業を選別する
ステップ3 製品・サービスの付加価値を高める
ステップ4 無形資産投資でブランド力を高める
ステップ5 1人あたりの労働生産性を向上させる
ステップ6 全従業員のスキルアップを図る
ステップ7 年功序列の人事制度をやめる
ステップ8 若者を分散させないようにする
ステップ9 「多極分散」ではなく「多極集中」で商圏を維持する
ステップ10 輸出相手国の将来人口を把握する
本書は2部構成になっています。第1部では人口減少の観点から各業種やビジネスを支える公共サービスの現場で起きつつある課題を列挙しています。対策を講じなければどんなことが起きるのかが描かれています。
第2部では、著者の言う「戦略的に縮む」という成長モデルを具体的に解説し、10のステップからなる「未来のトリセツ」として提言しています。
それでは第1部から、ショッキングな内容を拾い読みしていくことにしましょう。
まず「整備士不足で事故を起こしても車が直らない」という項目を見てみます。
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自動車産業をめぐっては思わぬところにも落とし穴がある。整備士が不足し始めているのだ。自動車は販売すればおしまいという商品ではない。安定的に利用するにはこまめなメンテナンスが必要である。それは、クルマを走らせる燃料がガソリンであるか、電気であるかを問わない。
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という文章のすぐ後に「自動車整備学校入学者が約半減」という小見出しがあります。自動車整備学校の入学者が2003年には1万2300人であったのに、2016年は6800人に半減しているのです。同時期の高校卒業者数が128万1000人→105万9000人であるのと比べると、大きな落ち込みです。
その理由は、若者のクルマ離れや低賃金、過重労働のイメージが定着していることによります。大学進学率の上昇も影響していると著者は見ています。少子化で減っている若者が大学に流れてしまうため、技術者や職人が減少しているのです。その結果、クルマの修理に長い時間がかかるようになるだけでなく、真夏や真冬にエアコンの修理や取り付けができなくなることも考えられます。
次に目に付くのは、「IT人材80万人不足で銀行トラブル続出」という項目です。金融機関の最大の資産は「信用力」ですが、すでに何度も大きなトラブルが起きてニュースになっていることでもわかるように、通信障害によるATMの利用不能は、これから多発することが予想されます。金融各社が求めるIT人材が大量に不足するからです。
経産省の予測では、2030年にはIT人材が最大79万人不足するとみられています。しかも、引く手あまたのIT人材は銀行や証券会社を選ばないでしょう。海外の巨大企業や新興ベンチャーのほうが魅力的だからです。
IT人材の獲得に失敗した金融機関は、「信用力」を失い、弱体化するでしょう。そのことは、日本経済の衰退を意味します。
私たちにとってショッキングな見出しは「ドライバー不足で10億トン分の荷物が運べない」でしょう。日本ロジスティクスシステム協会の報告書によれば、ドライバー数は2015年の約76万7000人に対し、2030年には約51万9000人になるそうです。その結果、荷物の3割が届かないという現実が見えてきます。
それに加えて「物流の2024年問題」が大きな影を投げかけています。働き方改革として2024年度から物流業界にも時間外労働の上限規制が適用されるからです。このことが日本国内のサプライチェーン網を弱体化させるのではないかとみられています。
次に目を引くのは「30代が減って新築住宅が売れなくなる」という項目です。
今後30年で30代前半の人口が3割減るというのはほぼ確定した未来ですが、その結果、新築住宅の需要が激減すると予想されます。空き家が増え、晩婚化が進むこともその流れに拍車をかけます。
医療の世界も人口減少による影響は免れません。厚生労働省の予測では、2032年ごろに医師不足は解消し、その後は医師が過剰となるとみられています。それは地方ほど早く進むため、地方から大都市への医師の移動が起きるでしょう。その結果、地方では潰れる病院が増え、大都市では手術が半年待ちといった不均衡が起きると考えられます。
「地方公務員がブラック化する未来」という項目では、地方公務員の不足による公共サービスの低下が危惧されています。2045年には現行水準の行政サービスを実施するための地方公務員が20万人ほど不足し、小規模自治体ほど人手不足が深刻になると予測されます。
その結果、ごみ収集のコストが高くなったり、道路の補修が遅れたり、小中学校の統廃合が進むという現実がやってきます。すでに現在でも、通学距離20キロ以上の児童・生徒がいる学校は、小学校で8%、中学校で14%に及んでいるそうです。
学校がなくなる、行政サービスが低下するなどの事態は、住民の流出を招くため、地元商店街の廃業や撤退、地方自治体の消滅に直結します。その先にあるのは、47都道府県体制の変化です。
そういった未来予測に対応するための処方箋が本書の第2部です。人口減少に対しては、「歯止めをかける」という考え方の政治家もいますが、著者は「人口減少には歯止めはかけられない」という意見です。
なぜなら、過去の出生数減の影響で、出産可能な年齢の女性がすでに減ってしまっているからです。そのため、統計的に見ても日本の人口減少は数百年先まで止まらないと著者は断言しています。
ここで示されている著者の「人口減少に打ち克つ10のステップ」は、次のようなものです。
1 量的拡大モデルと決別する
2 残す事業とやめる事業を選別する
3 製品・サービスの付加価値を高める
4 無形資産投資でブランド力を高める
5 1人あたりの労働生産性を向上させる
6 全従業員のスキルアップを図る
7 年功序列の人事制度をやめる
8 若者を分散させないようにする
9 「多極分散」ではなく「多極集中」で商圏を維持する
10 輸出相手国の将来人口を把握する
ここでは9の「多極集中」を見てみます。
人口が減少する状況において、まずいのは分散が進むことです。最悪なのは一極集中する大都会以外の地方がすべて過疎化してしまう状況で、そうなると行政サービスも企業活動も大都会でしか成り立たなくなります。
著者はその対策として、日本各地に10万都市を作れと提言しています。たとえ「地方の切り捨て」と言われようとも、人口10万人以下の市町村を整理し、移住を促進して10万都市だけにします。10万の商圏であれば行政サービスは満足できるレベルで維持できますし、たいていの商売は成り立ちます。そして過密都市からの移住も促進して、災害リスクを低くします。
これにより、日本社会のあり方は根本的に変わっていきますが、人口減少によるダメージを最小限に抑えることができると著者は言います。
日本の未来は、勇気を持って直視することが必要な「不都合な真実」です。しかし、怖いからと言って目を背けていればなんとかなるというものでもありません。また、見方を変えればビジネスチャンスでもあります。
そんなことを考えさせてくれる1冊です。