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仕事が速いのにミスしない人は、何をしているのか?

飯野謙次・著/文響社・刊

1,372円(キンドル版・税込)/1,573円(紙版・税込)

文響社といえばシリーズ累計で950万部の大ベストセラー『うんこ漢字ドリル』で一躍有名になった新興出版社です。最近では「株式会社マキノ」とその子会社の「わかさ出版」を傘下に収めたことでも話題になりました。

文響社は東海中学校・高等学校の同級生であった山本周嗣と作家の水野敬也が2010年に設立した出版社です。水野敬也は200万部越えの『夢をかなえるゾウ』(飛鳥新社)で知られるベストセラー作家で、2人は文響社創業の2年前に水野のマネジメント会社「ミズノオフィス」を立ち上げています。

興味深いのは文響社を一躍有名にした『うんこ漢字ドリル』の作者である古屋雄作も東海中学校・高等学校の同級生という事実で、元証券会社のトレーダーであった文響社社長の山本周嗣は、「普通の編集者と著者の関係であったら、完成前に心が折れていた」と語っています。

そんな文響社の出す本の特徴は、出版前に徹底した調査をすることです。「人生に奇跡は起こらない」がモットーの山本社長は、「世の中の人は何を求めているか」「どんなものを作れば多くの人に喜んでもらえるか」を探る努力を怠らないといいます。

本書はNPO法人「失敗学会」の副会長が書いた「失敗学」の本ですが、タイトルのどこにも「失敗」の文字はありません。「失敗」という言葉にネガティブな響きを感じてしまう日本人のために、あえて「失敗」という言葉を使わずにポジティブなタイトルにしていると思われます。

著者の飯野謙次氏は1959年大阪生まれでスタンフォード大学工学博士。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、ジェネラルエレクトリック社の原子力発電部門へ入社し、スタンフォード大学で機械工学・情報工学博士号を取得した後、SYDROSE LPを設立してジェネラルパートナーに就任しています。2002年には特定非営利活動法人失敗学会副会長となり、消費者庁安全調査委員会の臨時委員です。

著者は「はじめに」で本書をこのように紹介しています。
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本書は、仕事のスピードと質(仕上がりや正確さ)を高める方法を紹介します。(中略)仕事そのもののスピードを上げるとともに、失敗やミスを撲滅するのが本書の狙いです。効率化や時短、段取りのノウハウは数多くありますが、本書は何より「失敗やミスをしないこと」を重視しています。
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また、著者は失敗について、次のように語っています。
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「失敗は成功のもと」といいますが、日ごろの仕事や生活では、失敗やミスはしないほうがいい、というのは言うまでもありません。また、新しい分野に挑戦するにしても、成功のためには必ずしも自分が失敗をしなければいけない、とは私は思いません。いや、自分が失敗していてはいけない、とさえ思います。
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なぜなら、人間は言葉を持っているために、他人の失敗を共有できるからです。前人未踏の分野に挑戦するときでも、その周辺にはたくさんの分野があり、先人がいます。彼らの失敗を学び、乗り越えることで、失敗のない成功が手に入る可能性があるということです。

著者はNPO法人「失敗学会」の副会長ですが、なぜ工学博士である著者が「失敗」に興味を持っているかというと、工学の世界での失敗は簡単に人の命を奪う重大事故につながるからです。

本書は「失敗」を個人のものと仕事上のことに限定し、それらを防ぐことで仕事の効率化を果たそうとしています。また、ミスや失敗がなくなることで、その仕事にかかる時間の短縮にもつながるとしています。

それでは、本書の目次を紹介しましょう。

・はじめに
なぜ失敗やミスの撲滅が、それほど重要か
「ミス」は、誰もが起こしうる人生のリスク
本書で掲げる「スピード化」のしくみ

・1章 なぜあの人は、仕事が速いのにミスしないのか?
「信頼できる!」「できる人だ」と言われる仕事術
「うっかり起こるミス」の原理
「以後、気をつけます」では、失敗はなくせない
column 人間の注意力は、どのくらい持続する?

・2章 仕事の質とスピードを同時に上げる方法 入門編
(1)データの扱いがスマートになる「保存」と「共有」のコツ
(2)チェックリストの正しい使い方、知っていますか?
(3)「付箋×TO DOリスト」で、ケアレスミスを撃退!
(4)本当はすごい「新・マニュアル化」のすすめ
(5)あらゆるミスには、「起こるサイン」がある

・3章 うっかりを防ぐ「最小・最短・効率」仕事術
(6)必要最低限を見極める
(7)絶対忘れない人と、忘れやすい人の「一番の差」は?
(8)スピードを上げればミスが減る
(9)築いた信用を守るコツ
(10)記憶に頼るのをやめる

・4章 メールを制する者が、ビジネスを制する
(11)予定管理・メモ・思いやり……やっぱりすごいメールの実力
(12)仕事が速い人は皆、メールの整理・管理がうまい
(13)あなたの送ったメールが「相手のミス」の引き金に!?
column 現代人は皆、二宮金次郎より勤勉!?

・5章 自分のパフォーマンスを最大まで高める仕事術
(15)「知らないこと」への正しい対処法
(16)抱えすぎない、滞らせない「仕事量」の管理法
(17)「いつもの業務」に潜む、意外な「時間泥棒」
(18)仕事に活かすべき「野生の勘」とは?

・6章 「ずば抜けた仕事」の決め手となる人間関係とコミュニケーションのコツ
(19)「伝達の度合い」が仕事の出来を8割変える
(20)キーパーソンを味方につける
column ボブが提案してくれた原発修理のアイデアとは?
(21)「あえて外から」の視点を持つ
(22)シリコンバレーで学んだ「信頼関係」の本質
(23)言い訳には「いい言い訳」と「悪い言い訳」がある

・7章 仕事の質とスピードが同時に上がる逆転の発想法
(24)ビジネスで起こる「最悪の事態」への効果的な備え方
(25)「どうやったら失敗できるか」とあえて考えてみる
(26)事実の「正しいねじ曲げ方」
(27)それでもダメとわかったら、どうすべきか?

・8章 「自己流・万能仕事術」のつくり方
自分なりのコツのつかみ方
「注意不足」への効果的対策とは?
どんなに風通しのいい職場でも「伝達不良」がなくならない本当の理由
「学習不足」を防ぐ、自分の頑張らせ方
結局、「計画不良」がすべての失敗の引き金だった!?
自己流のコツが最上級の仕事術

・9章 自己実現を最短でかなえる仕事の取り組み方
新しいことを始めるときの、「ミス」との上手な付き合い方
最短期間で「成功」に向けて舵を切る
この「潔さ」が相手の心をむんずとつかむ
仕事は「謝って終わり」ではない!
人生最大の失敗は、「失敗をしない」こと!?
どんなことも捉え方次第で「成功のはじめの1歩」にできる
ハイスピード&ハイクオリティの仕事は、人生最高の楽しみになる

ではまず1章から見ていきましょう。
「『うっかり起こるミス』の原理」という項目で、著者はこのように言っています。
「ミスを起こすのは、人間や動物だけである」
このことは、裏を返せば「どんなミスでも自分たちの力で防ぐことができる」という意味にもなります。

近年の流行語で「想定外」という言葉があります。何か重大なミスや事態が生じたときに関係者が口にするものです。著者は次のように言っています。

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「これはミスにつながるだろう」と思って起こったミスは通常たいしたことはありません。未曾有のことが起こったときこそ、そのもととなる重大なミスが発覚するのです。その典型例が、2011年の東日本大震災と、福島第一原子力発電所の事故でしょう。(中略)後から検証をしてみると、「あんなに大きな津波はこない」と思っていたこと自体がミスだったのです。
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著者は「まったく新しいこと、まったく想定外のことが原因で起こる事故や不祥事はほとんどない」と言います。たとえば2012年に起きた笹子トンネルのコンクリート板崩落事故も、2006年にボストンで起きた同様の事故を共有し、対策を講じていれば防ぐことができたはずです。

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個人レベルでは「え、まさかそんなことが起こるなんて」と思うようなミスでも、部署全体、会社全体、世の中全体と視点をあげていくと、必ず類似の失敗が起こっています。それなのに同様の失敗が今も起こり続けているのは、かつて起こった類似の失敗が共有されていないからなのです。
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続けて本書は「『以後、気をつけます』では、失敗はなくせない」という項目につないでいます。「注意力では失敗もミスもなくすことはできない」との著者の主張がここで掲げられています。

多くのビジネスシーンで「申し訳ありません。以後、気をつけます」という謝罪が神妙な担当者の表情とともに演じられています。相手は「この人は反省しているから、もう同じ過ちは繰り返さないだろう」と信じ込んでしまいます。

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実は、このときに「信じ込んで」しまっているのは、聞き手だけではありません。この謝罪を口にしている本人も、「自分はもう、こんなミスはしないぞ」と重大な決心をしているはずです。ちょっと回りくどい言い方をすれば、「次に同じような状況に遭遇したら、その遭遇したことを、自分の注意力でもって気づいて、失敗を回避しよう」と心に誓っているのです。
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でもこれは大体において実現しません。それは人間の決心や注意力はいい加減なものだからです。なぜなら機械と違って人間には「意識」があり、その意識は常に揺れ動いているものだからです。そのために「注意力をいつでも向けておく」ことができません。

さらに、ひとつの注意すべきポイントにとらわれると、ほかの重要なポイントを見逃してしまうという人間の特性があります。別の操作に気を取られて交通事故を起こしてしまう原因がそれです。

旅客機のオートパイロットは、常に注意を集中するという過酷な作業条件から操縦士を解放し、最も大事な場面である離着陸のために集中力を温存するために生まれたものです。

そこから導かれるのは、「ミスを起こさないために注意する」から「注意しなくてもミスが起こらないしくみに切り替える」ということです。それは組織単位でも、個人単位でも可能なことです。

次のコラムでは「人間の注意力がどのくらい持続するか」を話題にしています。それには個人差があり、訓練によって一時的に注意力を非常に高いレベルに持っていくことが可能であるとの説明があります。そして、大切なのは自分の注意力のレベルと特性を知ることで、システム化すべきものを見定めることだと書かれています。

2章では具体的に仕事を効率化しながらミスをなくしていく方法が述べられています。最初に出てくるのはデータに関連することです。

まず著者は「データをメール添付で送るのはやめよう」と言っています。
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今のようにデータベースが普及する前は、名簿は台帳で管理されていました。台帳は1つしかなかったので、記載ミスはあってもデータの齟齬による失敗はありませんでした。それが1人1台のパソコンを扱う時代になり、皆が並行して同じファイルを共有・編集できるようになったのです。編集するためには自分のパソコンにダウンロードする必要がありますから、編集した人の数だけ、台帳ファイルの複製があちこちのパソコンにできることになります。そして、自分と隣の人とで、見ているデータのバージョンが違う、どのデータが原本かわからないなどの問題が起こり始めたのです。
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著者の提案は、データのバージョン管理などに余計な注意を払うのではなく、オンラインストレージサービスを利用して、データを1カ所で保存するしくみにするべきだというものです。

その場合、何らかの理由で元データが壊れると大変ですから、バックアップが必要です。著者はそこにもルールを設けるべきと言います。著者は「2種類以上のバックアップを、ファイル名を変えて保存する」というルールを運用しているそうです。

ミスを防ぐために「チェックリスト」を利用している人は多いと思われますが、そのチェックリストにも正しい使い方があると著者は言います。

まず、チェックリストの作り方ですが、日本のチェックリストは使いづらいというのが著者の感想です。チェックリスト発祥の地であるアメリカのものは、細かい作業の1ステップごとに項目化されているので、何も考えることなくチェックマークが入れられるのだそうです。

また、チェックの効果を増すために2人で同じチェックリストを使うダブルチェックという方法がありますが、これは効果が薄いというのが著者の考えです。なぜかというと、同じ方法で複数の人がチェックするのでは、同じ見逃しが発生しやすいからです。

そこでおすすめの方法は、2番目の人はチェックリストを逆さまに持って、逆の順序でチェックするというものです。文字が反対になって見にくいですが、これにより、1人目の見逃しを発見しやすくなります。

このように、脳の特性を利用してミスを防ぐしくみはほかにもあります。「付箋×TO DOリスト」でケアレスミスを撃退する方法などは、すぐにでも取り入れることができるでしょう。

やり方はとても簡単で、今すぐ取りかかること以外の「やるべきこと」をすべて、どんなささいなことでも1項目ずつ付箋に書き出します。そして書いた付箋を期日の近いものから順に貼っていきます。本日、翌日、翌々日と枠を作ってその中に貼っていけば、うっかりミスが防げます。

なにより気分がいいのは、片づけた項目の付箋を丸めて捨てることで、気持ちの整理ができることです。付箋なので、予定の変更や期日の前倒しも簡単にできます。スマホで使えるTO DOリストアプリもたくさんありますが、著者は付箋による管理にはかなわないと言います。

工学の世界での失敗は大事故につながるため、著者たちは失敗に対するいろいろなアプローチを試してきました。そのひとつが、「起きてほしくない現象」がどうすれば起こるかを一生懸命に考えることです。

たとえば自分が車で人を轢いてしまう状況がどうしたら起こり得るかを紙に書き出します。これにより、失敗の芽を摘んでいくわけです。この方法は「フォルト・ツリー・アナリシス」と呼ばれます。

ただし、それでも万全とは言えません。なぜなら、どんなに徹底してネガティブな要素を考えていっても、その可能性が分析者の知識や思いつきの範囲を超えることはないからです。つまり、失敗の可能性を最小にするには、日ごろから思考を柔軟にして、「どうやったら失敗できるか」「どんな失敗ができるか」を考えておく必要があるわけです。

「失敗やミス」をキーワードに、仕事の細部までを考え直すきっかけになる1冊です。


 

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