オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

漢字の使い分け辞典

学研辞典編集部・編/学研プラス・刊

624円(キンドル版・税込)/693円(紙版・税込)

本書は「漢字の微妙な使い分け」を調べるための辞書です。「そんなものに頼らなくても別に困らない」と思うかもしれませんが、私たちが毎日書いている文章には、その人を表す「個性」がにじみ出ているものです。

そこに思わず眉をしかめる表記ミスや、笑ってしまう言葉の誤用が散見されたとしたら、どうでしょうか。その人を信頼してビジネスパートナーとするのに、ためらってしまうかもしれませんね。

実際、プロのもの書きの一人として言わせてもらうと、現代社会はレベルの低い文章であふれています。デジタル技術とネットワーク社会の進展で、誰もが簡単に文章を発表できる世の中になったからです。

紙に印刷した活字しかなかった世界では、発表コストの高さもあって、文章のレベルは保たれていました。校正者や編集者がしっかり仕事をしていたということもあります。

でも、今は文章を書く人がそれぞれ、自分の文章のクオリティーを担保しなければなりません。そういう時代のニーズに合わせて、本書は誕生したと言えるでしょう。

どんな人にこの本が役立つかというと、「日常的に不特定多数の人向けに文章を書いている人」ではないかと思われます。特定の人相手にしか書かないのであれば、少々のミスは個性と笑って見過ごしてもらえるからです。

しかし、不特定多数が相手だと、つまらない文章上のミスが、自分の価値を損なうことにつながりかねません。言葉を正確に扱えない人は、なかなか信用されないからです。

「自分は大丈夫だから、こんな辞書はいらない」と思う人もいるかもしれませんが、では次の使い分けを迷わずにできるでしょうか。

温かい・暖かい
表す・現す・著す
意志・意思
写る・映る
英気・鋭気
侵す・犯す・冒す
収まる・納まる・治まる・修まる
叔父・伯父・小父
押す・推す・捺す・圧す
恐れる・畏れる

以上は本書に収められた約650の見出し語のうち、「あ~お」までの中から適当に選んだものです。これらの使い分けが全部理解できていたなら、本書は必要ないかもしれません。

でも、本書のまえがきにはこんな言葉もあります。「さらに日常生活であまり使わなくても、創作物で見られる漢字の使い分け例も載せました。『正直どちらの漢字でもいいと思うけど、自分が納得できる表現にしたい』と高みを目指すみなさまにもご利用いただけます」

まえがきには続けて、控えめに本書の刊行意義が述べられています。もっと自信にあふれた、強烈なアピールをしてもいいのに、と私などは思ってしまいますが、辞書を編纂するような出版人たちは、地味で緻密で大人しい人が多いものです。そのために、控えめな言葉になってしまうのでしょう。

しかし最後に、ちょっとだけ「意地」が見えました。
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みなさまの執筆活動が、より進化し深化しますように。
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「進化」と「深化」の使い分けです。本書を活用すれば、意識しなくても日本語の正確な使い分けができるようになるということなのでしょう。

いつもなら、ここで本書の目次を紹介し、それから内容に入っていくところですが、本書は辞書なので、目次がありません。なので構成を説明します。

本書は「収録語の一覧」「見出し語」「意味と用例」「参考情報」という順に階層化されています。電子書籍版はキーワード検索やジャンプが可能です。

では先ほど問題に出させていただいた言葉を含めて、内容に入っていくことにしましょう。

あける 明ける/空ける/開ける
【明ける】中身が見えるようにする。期間が終わる。
☆夜が明ける。☆年が明ける。☆秘密を打ち明ける。
【空ける】からにする。
☆家を空ける。☆手を空けて待つ。☆ウィスキーを空ける。
【開ける】閉めていたものを開く。
☆窓を開ける。☆店を開ける。☆蓋を開ける。
「引き出しを開ける」は引き出しそのものを引っ張り出す意、「引き出しを空ける」は中身を空にする意。「一升瓶を開ける」は栓を抜く意、「一升瓶を空ける」は中身を空にする意。

「あける」は間違えて使っても、すぐに誤用が判明することが少ない言葉ですが、それぞれの意味をしっかり把握していると、混同しなくなるでしょう。

あし 足/脚
【足】動物の、歩くための部分。特に、人の足首より先の部分。比喩的にも用いる。
☆足が速い。☆足を引っ張る。☆足踏み。
【脚】物を支える部分や、物事の動きや推移。特に、人の腰から下の足首までをいう。
☆脚の線が美しい。☆机の脚。☆雨脚。

「あし」は明確な使い分けのルールがあまり知られていない言葉です。特に男性が「脚」を使うと、ちょっと卑猥なムードも。足首が境界線だと覚えておきましょう。

あたたかい 温かい/暖かい
【温かい】熱くもなく冷たくもなく、気持ちのよいようす。
☆温かいもてなし。☆温かい料理。☆温かいもてなし。
【暖かい】暑くもなく寒くもなく、気分のよいようす。
☆暖かい春の一日。暖かい部屋。暖かい気候。
「温かい」は触感や、それに類する抽象的な事柄に用いる。「暖かい」は気象や気温に用いる。

「あたたかい」は温度か気候かで使用する場面が区別できます。迷ったらこのルールを思い出しましょう。

あらわす 表す/現す/著す
【表す】心の中のものを外に出す。象徴する。
☆気持ちをことばで表す。☆態度で表す。☆危険を表す赤信号。
【現す】かくれていたものが姿を出す。
☆太陽が姿を現す。☆馬脚を現す。☆効果を現す。
【著す】書物を書いて出版する。
☆小説を著す。☆自伝を書き著す。

「あらわす」も明快な区別がしづらい言葉です。特に前の2つは微妙と思っている人も多いのではないでしょうか。「心の中のことか、それ以外か」が線引きになります。

いし 意志/意思/遺志
【意志】何かをやり遂げようとする積極的な意欲。
☆強固な意志の持ち主。☆意志薄弱。☆神の意志。
【意思】何かをしようと思う考え。特に法律用語。
☆意思の決定。☆意思表示。☆本人の意思を尊重する。
【遺志】亡くなった人が生きているとき、心に決めていたこと。
☆母の遺志を継ぐ。
「意志」「意思」ともに「意欲」の意味では共通する。「イシの疎通」では両方とも用いられる。一般に「意志」が用いられ、法律関係で「意思」が用いられることが多い。

「いし」も前の2つはよく混同されています。「意思」を使うべきところに「意志」を使ってしまうと、思いが強調されすぎてしまうこともあります。

うつる 写る/映る
【写る】すけて見える。写真に形があらわれる。
☆写真に写る。☆障子に写る。
【映る】はっきりとうつしだす。よく似合う。
☆鏡に映る姿。☆水面に映る影。☆富士山に映る紅葉。

「写る」は写真、「映る」は映画の1文字なので、「写るは静止画、映るは動画」なんてトンチみたいに覚えている人もいますが、上記の違いがあります。

えいき 英気/鋭気
【英気】すぐれた才気・能力。元気。気力。
☆決戦に備えて英気を養う。
【鋭気】するどく強い気性・意気込み。
☆鋭気をくじく。☆鋭気に富む。

「英気を養う」くらいでしか日常では使われない言葉ですが、この2種類があることは覚えておいても損はないでしょう。

おかす 犯す/侵す/冒す
【犯す】法やきまりを破って勝手なことをする。
☆法を犯す。☆過ちを犯す。
【侵す】いつとはなしに不法に入り込む。
☆他国を侵す。☆権利を侵す。
【冒す】向こう見ずに押し切ってする。
☆危険を冒す。☆神を冒す。

よく混同されている例が見かけられる使い分けです。犯罪、侵略、冒険と熟語で理解しておくと、いいかもしれません。

おさまる 収まる/治まる/修まる/納まる
【収まる】きちんと入る。よい状態に落ち着く。
☆箱に収まる。☆争いが収まる。
【治まる】乱れた状態が鎮まる。苦痛が去る。
☆国が治まる。☆痛みが治まる。
【修まる】悪い言動が直って行いがよくなる。
☆亭主の身持ちが修まる。
【納まる】相手に渡る。その地位に落ち着く。
☆国庫に納まる。☆議員に納まる。
「風がおさまる」のようにしずまり安定した状態になる意では「収まる」「治まる」ともに用いられる。

これも使い分けが結構難しい言葉です。場合によってはひらがな表記にしたほうがいいこともあります。

おじ 伯父/叔父/小父
【伯父】父母の兄。または、伯母の夫。
☆伯父さんは母の兄です。
【叔父】父母の弟。または、叔母の夫。
☆叔父さんは母の弟です。
【小父】よその大人の男性を親しんで呼ぶ語。
☆近所の小父さんに挨拶する。

「伯父」と「叔父」はわりと常識ですが、間違えて使うと家系図がめちゃくちゃになりますから、要注意です。

おす 押す/推す/捺す/圧す
【押す】力を加え動かす。おさえつける。
☆ドアを押す。☆背中を押す。☆念を押す。
【推す】前へ押しやる。おしはかる。人にすすめる。
☆田中君を委員長に推す。☆経験から推す。
【捺す】おして印をつける。
☆領収証に判を捺す。
【圧す】上から圧力を加える。圧倒する。
☆重しで圧す。☆勢いに乗って圧す。

最近は「推し」という言葉が流行しているので、「おす」の使い分けが少し注目されてきましたが、「捺す」と「圧す」が使えると、少し文章にこだわる人だと思ってもらえるでしょう。

おそれる 恐れる/畏れる
【恐れる】こわがる。心配する。きづかう。
☆失敗を恐れるな。
【畏れる】うやまい、もったいなく思う。
☆神を畏れる。☆後生を畏れる。

後者を使うべきところに前者を使うと、宗教関係者に悪意にとられてしまいかねません。言葉には敏感になりたいものです。

ということで、手許に1冊あると役に立つ辞書です。


 

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