オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

聞いてはいけない スルーしていい職場言葉

山本直人・著/新潮社・刊

752円(キンドル版・税込)/836円(紙版・税込)

著者は博報堂出身のマーケティングと人材育成のコンサルタントで、青山学院大学経営学部マーケティング学科の講師でもあります。同じ新潮新書の著書に『電通とリクルート』『話せぬ若手と聞けない上司』『売れないのは誰のせい?』『ネコ型社員の時代』『世代論のワナ』があります。

さっそく著者が本書を上梓した理由を知るために、「はじめに」を眺めてみましょう。

最初の見出しは「悩みは言葉から生まれてくる」です。そこには「仕事の悩みの8割は人間関係」と書かれています。どういう意味でしょうか。

技術的な問題で仕事に支障が生じているのなら、足りない技術を補う工夫をしたり、必要な指導を受けたり、それでもだめなら職場を変えるという手が打てます。

しかし人間関係の軋轢は、その相手と長期間一緒に仕事をしなければならない関係であるとき、ストレスとして積み重なっていきます。それが高じれば、大きなトラブルに発展していくこともあるでしょう。

著者は、そういう人間関係の問題が「言葉のやりとり」から発生していくと見ています。人間関係を良くするのも悪くするのも言葉というものが持つ力です。

そして、その言葉の中には、前向きな気分にさせてくれるものもあれば、ネガティブな気持ちにさせられるものもあります。おもしろいのは、前向きな気分になった原因の言葉はよく覚えているのに対して、ネガティブな気分になった言葉は記憶の中で曖昧になることです。

著者はこんなふうに言っています。
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「なんだかモヤモヤする」といった原因をたどると、特定の言葉に行き着くこともあります。
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そういう特定の言葉の中に、「本当は無視してもいいような言葉」や「振り回されて消耗してしまう流行り言葉」があり、それをできるだけ減らしていこうというのが著者の本書を世に出した動機です。

著者はコピーライターや人材開発の仕事などでさまざまな人たちとふれあう中で、言葉に対する誤解やすれ違い、言葉に縛られてしまっているケースに数多く出会ってきました。それを分析するうちに、3つの視点を得ることができました。

ひとつめの視点は、「言葉の意味が時代や文脈によって変化する」というものです。その例として、著者は「商品を定価より安く販売する催し」の表現を提示しています。

「大安売り」「出血大サービス」という表現が「バーゲン」や「セール」に変わり、今では「生活応援セール」というような表現も見られるようになりました。時代に合わせて、伝えるニュアンスが変わってきたことがわかります。

二つ目の視点は、言葉が人の気持ちや行動にいかに大きな影響をおよぼすのかというものです。何気ない気持ちで発した言葉が、相手の心にトゲのように引っかかってしまうという予期せぬ事態は、誰もが経験することです。

そのように、言葉には人のモチベーションを上げる力もあれば、職場そのものに愛想をつかすきっかけになることもあります。特に、組織の中で一定以上のポジションにある人の言葉は、大きな影響力を持つことがあります。

三つ目の視点は、メディアの中で流行している言葉が、ある時点から存在感を持ち、人々の思考を停止させる呪文のようになってしまう場合があるということです。

著者はその例として「劣化」という言葉を挙げています。これは以前から存在していた言葉ですが、いつの頃からか「少し前のものに対するけなし言葉」になってしまいました。

時代とともに通用しなくなるものは世の中にたくさんありますが、「劣化」という言葉を使ううちに発想が硬直化してしまうと著者は警鐘を鳴らしています。

本書はそういう視点から見た、言葉とのつきあい方指南書です。基本的には、読者が言葉に縛られたり、悩んだりすることから解放され、スッキリすることを目指しています。

では、いつものように目次を紹介します。

・はじめに
・第1章 聞いてはいけない大人の説教
・第2章 新しそうだけど正しいのか
・第3章 呪縛の言葉から解放されよう
・おわりに
・主要な参考文献

第1章には次の6つの言葉が登場します。
「評判悪いよ」「絶対大丈夫か?」「寄り添う」「何とかしろ」「机上の空論」「夢を持て」

最初の「評判悪いよ」に付けられたタイトルはこうなっています。「『評判悪いよ』という人に近寄ってはいけない」。

この項に登場する言葉は、それだけではありません。「よろしくやってください」「これは難しいテーマだったね」に続いて、「評判悪いよ」が出てきます。

「よろしくやってください」は学生が社会人になった時に戸惑う言葉です。「お前に任せる」という意味なのか、「適当にやっていいよ」と言われているのか、若者の多くは悩むものです。

「難しいテーマ」は、本当に字義通りの意味のこともあれば、仕事の出来に不満足であることを婉曲に伝えるものだったりすることもあります。どちらであるかは、人間関係や文脈の中で判断するしかありません。

「評判悪いよ」は著者に言わせると「一番タチが悪い言葉」です。
「おまえ、例の件だけど、評判悪いよ」
と言われてどんな気持ちになるでしょうか。

まず感じるのは「すごく嫌な感じ」です。相手が自分を批判していることはわかりますが、それだけでは済まず、気持ちがざわざわします。それならむしろ、
「おまえ、例の件は、あまり感心しないなあ」
と言ってくれたほうがよほどスッキリするでしょう。

著者の分析によると、「評判悪いよ」のような言葉づかいをする人は、狡猾で世論操作に長けた人だそうです。人は周囲の状況を参考にする生き物であることを踏まえて、本当かどうかわからない陰の声を代弁した形での意見表明だからです。

言われたほうにしてみれば、誰からの評判が悪いのかが気になります。かりに「どんなふうに評判が悪いのですか?」と聞いたとしたら、巧妙に自分の意見を他者の声のようにして伝えてくるでしょう。まさに狡猾です。

著者は「狡猾な人は創造できない」と一刀両断しています。ダークサイドの人なので、とにかく距離を取ることが賢明な態度です。

同じく第1章では現代の流行語である「寄り添う」が取り上げられています。介護の世界から政治の場で使われるようになった言葉です。2011年の東日本大震災からよく耳にするようになったと著者は言っています。

最初は文字通りの優しい意味として受け取られていましたが、政治家が乱発するようになってからは怪しい感じが出てきました。

著者はあるとき、政治家の使う「寄り添う」に具体的なプランが示されていないことに気づきました。寄り添うという「姿勢」ばかりが強調されていて、何をするかが語られていません。それは「一生懸命やります」と同じことです。

ではなぜ、政治家は「寄り添う」と言いたくなるのでしょうか。それは、耳当たりがいいわりに、情報量が少なく、格好がつく言葉だからです。「しっかり緊張感を持って」「スピード感を持って」などと同じです。

さらに「寄り添う」はビジネスの世界にも入ってきました。これは単に「顧客本位」を言い換えただけだと著者は言います。

同様の言葉に「共感する」があります。本当の意味での共感能力はとても大事なことですが、いま盛んに使われている用法は、単なるおまじないに過ぎません。

現代のビジネスシーンではカタカナ語が幅を利かせていて、それが笑い話のネタになったりしています。その反対に、ことわざや慣用句もまだ生きていて、年配の管理職の人たちがよく使います。

著者はその例を2つ挙げています。「時期尚早」と「背に腹は代えられない」です。どちらも会議とかで提案を切り捨てるときに使うと格好良く聞こえるのですが、時期尚早と言うなら、いつが適時かを明示しなければなりません。

背に腹は代えられないと言うのであれば、何が背で何が腹かを言わなければ単なる威圧に過ぎなくなります。著書はカタカナ語の弊害を説く前に、こうした慣用句を禁止すべきだと書いています。

そうした慣用句の中で著者が「最悪」と言うのが、「机上の空論」です。著者が知るだけでも、それなりの立場の人がこの言葉を発したために、チャンスを逃してしまった企業が多いそうです。

著者の分析によると「机上の空論」という言葉を発する人には次のような傾向があるそうです。
・そもそも提案されていることが自分の理解力を超えているためによくわかっていない。だから空論に見えてしまう
・理解は何となくしているけれど、それは現状から大きく変革することであって、いまさら面倒くさいから空論と言っておきたい

辞書を引くと「空論」という言葉には「役に立たない」という意味があるそうです。ということは「机上の空論」ときめつける場合には、なぜそのアイデアが役に立たないと思うのかを示す必要があります。

しかし「そんなものは机上の空論だ」と発言する人で、なぜ役に立たないと思うのかを説明する人はいません。ただ決めつけるように、攻撃的に突っかかっているだけです。

机上の空論が「頭の中の仮説」であるなら、すべての大発見や大発明は机上の空論から出発しているはずです。

「机上の空論」と決めつける人は、組織の一定以上の立場にいて、仕事の経験が長い場合が多いようです。従って、会社としてチャンスを逃したくなければ、そういう人の意見に左右されるのではなく、ゼロから考えて挑戦する態度が大切です。

著者の知っている会社では、「机上の空論」について次のような態度で対応しているそうです。
「とにかく最初は突飛でいいからいろいろと考える」
「これを“机上の空論”に終わらせないためにはと問い直す」
「若い人は言いっぱなしだけど、実現させるのは上の仕事」
これが「机上の空論」を宝の山にするための行動だと著者は言います。

この後の章では、次の言葉が取り上げられています。
「老害」「劣化」「ガチャ」「失われた世代」「さん付け」「ワーク・ライフ・バランス」「迷惑かけるな」「許せない」「やればできる」「あれが好きな人はダメ」「デジタル後進国」「誰にでもできる仕事」

気になったらぜひ手に取ってみてください。


 

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