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再興 THE KAISHA
日本のビジネス・リインベンション

ウリケ・シェーデ・著/渡部典子・訳/日本経済新聞出版・刊

2,475円(キンドル版・税込)/2,750円(紙版・税込)

サブタイトルにある「リインベンション」とは、リ・インベンションすなわち「再発明」という意味です。イノベーションとは技術革新や新しいビジネスの仕組みを構築することによって市場を塗り替えようとする概念ですが、リインベンションとはこれまでに固定化されてきた商品、コンテンツ、サービスのコンセプトを破壊し、まったく新しい市場を「再発明」するというものです。本書では「再興」という訳語をあてています。

また、タイトルで「KAISHA」とわざわざアルファベットで表記しているのには意味があります。著者は世の中に蔓延しているような「日本ダメ論」ではなく、日本の価値と未来への可能性に目を向けているのです。

本書の冒頭には「日本語版への序文」に続いて「はじめに」があります。ここで著者は次のように書いています。
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中国が台頭する傍らで、日本はデフレに苦しみ続けた。今日、多くの国際的なビジネスパーソン、経済学者、政治学者の間で中国はよく話題にのぼるが、日本の話をする人はほとんどいない。しかし、じっくり見ていくと、日本は依然として重要なことがわかる。
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そして著者は、日本が今再び重要な国であるという理由を3つ挙げています。
(1)日本企業は改革の結果、多くの重要な素材や部品で世界市場を席巻し、グローバル・サプライチェーンを支えている
(2)ビジネス再興(リインベンション)によって日本国内の金融分野や消費者向け製品分野で新たに収益性の高い市場が生まれてきている
(3)日本は経済的成功を目指しながら、バランスのとれた資本主義の代替モデルを継続的に発展させてきた

「失われた30年」と呼ばれた長い足踏みの時代、日本人は「だから日本はダメなんだ」という声を浴びせられ続けてきました。そのため、下を向くのが習い性になってしまい、「それでいいんだ」と言われてもにわかには信じられません。

しかし、考えてみれば国民の多くが下を向いている国家が、発展的な成長を遂げるはずもありません。不景気はマインドから発生するからです。そこで、この本を一人でも多くの人にお読みいただきたいと考えたわけです。

ただし、著者は現在の日本の企業がすべて理想的だと考えているわけではありません。著者は「2対8の法則」に言及していますが、今の日本は2割の優秀な企業が他の8割を引っ張っており、本書はその2割に焦点を当てているということです。

他の8割の企業が本書を読んでリインベンションを果たすことで、日本全体の再興が可能になると著者は言っています。

著者のウリケ・シェーデ氏は、米カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル政策・戦略大学院教授です。日本を対象とした企業戦略、組織論、金融市場、企業再編、起業論などを研究領域に、米ハーバード経営大学院、米スタンフォード大学、米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院、一橋大学経済研究所、日本銀行、経済産業省、財務省、政策投資銀行などで研究員・客員教授を歴任してきました。

9年以上の日本在住経験を持ち、日本の経営、ビジネス、科学技術を社会政策と経営戦略面から研究してきました。本書の原著である英語版の『The Business Reinvention of Japan』(Stanford University Press刊)は、第37回大平正芳記念賞を受賞しています。

それでは、本書の目次を紹介します。

・日本語版への序文
・はじめに
・第1章 イントロダクション:ビジネス再興
・第2章 前提条件:タイトな文化における企業刷新
・第3章 背景:日本の経済発展――終身雇用を通じた安定
・第4章 新・日本企業の戦略:集合ニッチ戦略
・第5章 インパクト:グローバル・ビジネスにおける日本の影響力
・第6章 マネジメントの変革:ガバナンス、スチュワードシップ、役員報酬
・第7章 ファイナンス市場:プライベート・エクイティとM&A
・第8章 ビジネス再興の実行:行動様式の変革
・第9章 雇用とイノベーション:カイシャの再興
・第10章 前に進む日本:DXに向けたビジネス再興
・解説 冨山和彦(経営共創基盤グループ会長)

バブル崩壊以降、日本礼賛論的な論考が目につくようになりました。それらの中には論理的根拠の薄い感情的なものもあり、「ネトウヨ」と反発を招くこともありました。

しかし、本書はそれらの「アンチ・日本ダメ論」とは明確に一線を画します。日本に10年近く在住したドイツ人研究者が、社会心理学のフレームワークをもとに、日本企業の行動様式を分析し、日本人ですら明確に気づいていない日本の独自性と強みをロジカルに描き出したのが本書だからです。

本書の根幹をなすのは、「ルーズな文化」と「タイトな文化」の対比です。前者を代表するのがアメリカ企業であり、後者が日本企業です。タイトな文化の中にいる日本企業は、スピードと効率を最優先するアメリカ企業とは異なり、時間をかけて社会的な安定とバランスをとりながら、ゆっくりと着実に変革を進めてきたと著者は言います。

日本の良いところについて、著者は簡単に列記しています。
・国民皆保険制度があり、世界有数の長寿国
・初等中等教育制度は世界トップクラス
・2016年の10万人当たり他殺者数は0.28人(米国の18分の1)と先進国の中で最も安全
・都市が清潔で人口1400万人の東京でもゴミや落書きがほとんど見当たらない
・ホームレスは日本全国で1万3000人とニューヨーク市よりも少ない
・日本企業は世界の半導体製造装置の3分の1、最も重要な半導体材料の半分以上を手掛けている。
・日本の失業率は長年にわたり先進国の中で最も低い

このような日本がなぜ誤解され、過小評価されていたかについて、著者はその理由を「日本のリインベンションは日本企業のタイトな文化の枠内でマネージされている結果として、米国の人々が期待しているものとはまったく異なる方法やスピードで変革が進むから」としています。

日本企業が強みを見せる分野のひとつが「ディープテック」です。最先端の高度な技術で世の中の課題を解決するもので、それを小さなニッチ製品に結実させることで、世界シェアを取る製品が生まれています。

その結果を著者は次のように表現しています。
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新・日本企業はベーシックな電子機器などの低付加価値市場を明け渡し、先端材料、部品、製造装置などの上流に移行してきた。こうした投入財に「ジャパン・インサイド」の表示はないが、米国人が普段使っている製品には、日本製の重要部品が用いられている可能性がかなり高い。
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では、日本企業はどうやってそのような変革を成し遂げてきたのでしょうか。また、誰が変革のリーダーなのでしょうか。著者はその正体を「日本文化そのもの」と表現しています。日本では意見の違う者同士でも共通の価値観と規範があるため、バランスのとれた企業再編が可能なのだということです。

そして予想しうる本書への反論に関して、著者は次のように記しています。
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本書の前向きな論調に首をかしげる読者もいるだろう。実際に起こっている変化の大きさを誇張しているだけではないか、と。日本企業は大小を問わず、絶望的なまでに非生産的なやり方から抜け出せずにいる。財政赤字、高水準の債務、高齢化社会、地域格差、低経済成長の根本原因を論じていない。日本が重要なセンサーやロボットをつくるのは構わないが、儲かるのはビッグデータやAIであって、クラウドで勝負できなければ、日本はこれからの経済で一目置かれる存在にはなりえない、といった意見もあるだろう。
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それに対して、著者はこのように答えています。
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今後の行方はわからないが、本書執筆時点(2019年)の私の最初の回答は次の通りだ。(中略)否定的な見方をする人に対して私が指摘したいのは、おそらく長い間、先入観を持たずに日本をじっくりと見てこなかったのではないかという点だ。しかし、一歩下がって「日本はこうした段階的な改革で何を達成しようとしているのか」と考えてみれば、ほとんどの欧米諸国とは異なる選択を行い、問題解決を図ってきたことに気づくだろう。日本では誰もが高い経済成長率を享受しようとしているが、実は成長よりもはるかに重要な考慮すべき事柄がある。何よりもまず、社会の安定を重視しているのだ。
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日本で進行中のリインベンションを推進しているのは、著者が「集合ニッチ戦略」と呼んでいる新しいビジネス戦略です。それは、小粒だが極めて重要な素材や部品のセグメントで、ディープテックにおけるリーダーシップを発揮して競争するというものです。

現在、世界の人々は「アジア」といえば中国を頭に浮かべています。かつて日本は日立、日本製鉄、ブリヂストン、三菱重工などに見られる大規模な産業設備、ジャストインタイム方式で知られるトヨタや日産、パナソニック、ソニーなどの生産ネットワークを基盤として、電子機器、精密機器、消費者向け製品を輸出してきました。

しかし人口で11倍の中国がその地位を脅かしたことで、日本企業は技術レベルをグレードアップさせ、より高品質なものづくりを目指しました。その結果、ブリヂストン(タイヤ)、AGC(ガラス)、トヨタ(自動車)、ユニクロ(アパレル)、パナソニック(車載バッテリー)、ソニー(ゲーム)などの企業がグローバルリーダーであり続けています。

そのように、得意な技術を深掘りしていくことで、日本企業は「高度な技術を要し、模倣が極めて難しい」ニッチな産業分野を開拓していきました。そういう市場を束ねて見てみると、「集合ニッチ戦略」という言葉が浮かんでくるわけです。

集合ニッチ戦略を推進するためには、日本企業は主として2つの部分で変わらなければなりませんでした。その2つとは、テクノロジー・ニッチへの戦略的リポジショニングと、内部管理や企業変革を伴う経営刷新です。

それらを実施することで、日本企業はリインベンションを果たすことになりましたが、それにはおよそ20年という長い時間がかかりました。そのことが、欧米のスピードを見慣れた人々の不満を招きました。

なぜそれほどの時間をかけたのか。それは日本企業が社会全体での影響を抑制し、リインベンションに伴う破壊的変化を最小限に抑えるために多大な注意を払ってきたからです。変化が遅いことにイライラした人たちは、日本の企業構造は停滞していると誤解しましたが、日本の経営者たちはスピードよりも社会の安定を選択したわけです。

集合ニッチ戦略を選択した日本企業の得たものは、多様な産業や分野に広がる市場と高い利益率でした。これにより、日本は現在でもアジアのサプライチェーンにおける中心的位置を保つことに成功しています。

ここで著者は「タイト・ルーズ理論」の説明に入ります。何についてタイトまたはルーズであるかというと、それは「正しい行動」についての規範だということです。日本は逸脱者を排斥するほど規範に対する強いメカニズムが働く「タイトな文化」の社会であるそうです。

「タイトな文化」と「ルーズな文化」がどのように違うかについて、著者は次のように説明します。
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日本のビジネス規範の内容は、3つの中核的な行動命題によって表現できる。礼儀正しく思いやりを持つこと、適切に行動すること、迷惑をかけない、つまり、混乱を招く意思決定をしないことだ。(中略)事前に根回し抜きに唐突に決定事項が発表されたりするのは、カリフォルニアのオフィスでは日常茶飯事かもしれないが、日本では許されない行為である。
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つまり、日本企業はタイトな文化の中で最善の行動を取り、それが今まさに成功しつつあるというのが著者の見立てです。著者は本書について、次のようにまとめています。

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第二次世界大戦での壊滅的な状態から、日本は失敗から成功へ、さらに失敗を経て、今は静かに成功へと返り咲きつつある。(中略)日本が大混乱に陥ることなく、どのようにして静かに企業活動の再興を進めてきたのか、そこから他国の企業は何を学べるのかが、本書の中心的なテーマである。
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まだ全体の5%ほどしか解説していませんが、興味を持ったらぜひ読んでください。日本で仕事をする人の背中を強く押してくれることでしょう。


 

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