若い人たちに人気のライトノベルの分野では、長いタイトルが流行しています。現在知られている長いタイトルは、『男子高校生で売れっ子ライトノベル作家をしているけれど、年下のクラスメイトで声優の女の子に首を絞められている。』(時雨沢恵一・著)
あるいは、『元勇者のおっさん、転生して宿屋を手伝う~勇者に選ばれ親孝行できなかった俺は、アイテムとステータスを引き継ぎ、過去へ戻って実家の宿屋を繁盛させる』(茨木野・著)
そして『(この世界はもう俺が救って富と権力を手に入れたし、女騎士や女魔王と城で楽しく暮らしてるから、俺以外の勇者は)もう異世界に来ないでください。』(伊藤ヒロ・著)
といったところが代表例でしょう。いずれの作品も、表紙を見るとデザイナーが苦心惨憺してタイトルを表紙に収めているのがわかります。それらの作品は、4文字くらいの短い略称で呼ばれるのが通例です。
それらの本に比べれば、本書のタイトルはまだ短いと言えますが、それでもラノベの世界の勢いが、低調とささやかれる他の書籍に影響をおよぼしていることがわかります。
ちなみに本書はシリーズ本で、同じ著者による他の2冊も同様のタイトルです。『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』というのが残り2冊のタイトルです。「内容証明」が第1弾、「事業承継」が第3弾で、本書はその間の第2弾になります。
著者は現役の弁護士で、アマゾンの著者紹介を引用すると、このように書かれています。
***
島田法律事務所代表弁護士。
「中小企業の社長を360度サポートする」をテーマに、社長にフォーカスした“社長法務"を提唱する異色の弁護士。会社の問題と社長個人の問題をトータルに扱い、弁護士の枠にとらわれることなく、全体としてバランスのとれた解決策を提示することを旨とする。
基本姿勢は訴訟に頼らないソフトな解決であり、交渉によるスピード解決を目指す。顧問先は、サービス業から医療法人に至るまで幅広い業界・業種に対応している。
最近は、労働問題、クレーム対応、事業承継(相続を含む)をメインに社長に対するサービスを提供。クライアントからは「社長の孤独な悩みをわかってくれる弁護士」として信頼を得ている。
京都大学法学部卒。山口県弁護士会所属。
***
なぜシリーズ3冊のうち、本書を取り上げたのかは、読者のみなさんならおわかりでしょう。「おちゃのこ通信」の読者が最も関心のあるテーマだと思ったからです。
本書の特徴は、消費者側に立つことの多い弁護士という職種の著者が、経営者サイドに立ってカスタマー・ハラスメントから企業を守る方法を教えているというところにあります。
昨今の風潮として、構造的に弱者になっている相手を非難されにくい立場を利用して叩き、溜飲を下げるというものがあります。「いじめ」と同じ構造です。モラル意識の低い人が行ってしまうことですが、うまく対処しないと回復不能なダメージを受けてしまいます。
本書の「はじめに」には、次のようなことが書いてあります。いくつかに分けて引用します。
***
本書は、中小企業の経営者に向けたリアルなクレーマー対策である。(中略)こういった本やセミナーが強く求められているのは、現場で多くの担当者がクレーム対応に苦慮しているからであろう。最近では消費者によるハラスメントとして、「カスタマーハラスメント」(略して「カスハラ」)という言葉も耳にするようになった。
***
***
すでに多くの本が出ているにもかかわらず、なぜ本書執筆の筆をとったかというと、ある経営者から「いろいろ本を読んだけど、なかなか問題の解決にならないことが多い」という悩みを耳にしたからだ。
***
***
解決方法を体系化するなかで気づいたことは、「クレームに対して、戦術はあっても戦略がない企業が多い」という事実である。戦術とは、担当者の交渉力などのスキルだ。世に出ている多くの本は、こういった担当者のスキルアップを目的にしている。
***
***
もちろん担当者のスキルを上げることは大事ではある。しかし、それだけでは組織全体の力にはならない。組織全体の力を上げるには、「経営者のクレーマーに対する方針」といった戦略の立案が不可欠である。戦略は戦術でカバーすることはできない。戦略がないから、本などでいくら知識を増やしても現場での能力として定着していかないのである。そこで現場の課題をリアルに解決して組織を飛躍させることを目的に、経営者に向けて執筆したのが本書である。
***
それでは、本書の目次を紹介します。
・はじめに
・第1章 クレーマー対応に疲弊していく現場の担当者たち
1 クレーマーは、担当者だけでなく、企業全体を壊していく
2 クレーマーの仕掛けてくる罠に注意しよう
3 普通の人(被害者)がクレーマー(加害者)になってしまう背景
・第2章 クレーマーからの要求を「断る仕組み」を社内につくる
1 組織としての、クレーマー対策の方向性を統一する
2 クレーマーに関する情報は、社内ですべて共有されなくてはならない
3 クレーマー対策は、現場に判断を求めてはいけない
・第3章 クレーマーへの“しなやかな”対処法
1 「説明責任」と相手の納得は切り離して考える
2 クレーマー対応は、相手のプレッシャーを利用する
3 クレーマーから損害賠償を要求された場合の考え方
・第4章 クレーマーからの終わらない電話を終わらせる方法
1 なぜ、クレーマーからの電話は、担当者にとって恐怖なのか?
2 クレーマーからの電話を美しく終わらせる方法
3 クレーマーとのやり取りは、電話ではなく、書面で行う
・第5章 クレーマーからの執拗な面談要求の断り方
1 クレーマーからの「今すぐ来い」という要求に応じる必要はない
2 クレーマーとの面談は戦略的に実施する
3 突然やってきて、なかなか立ち去らないクレーマーへの対処方法
・第6章 クレーマーへの反撃の作法
1 訴訟の代理人ではなく、用心棒としての弁護士の活用のしかた
2 決着しなければ、裁判所の力を借りて問題を解決する
3 クレーマー対応の経験を、組織の強さに昇華させる
・おわりに
第1章の前文には、次のようなキーワードが太字で表記されています。
「利用者の期待値が高いほどクレームになりやすい」
「その根底にあるのは、『このような人はもはや顧客ではない』という明確な方針だ」
また、このような文もあります。
「クレームは、自社に対する期待の裏返しでもある。クレーム対応をきちんとすれば、自社のサービスや商品のレベルを上げることもできる。むしろクレームをきっかけに新たなファンを生みだすこともできるだろう」
とはいうものの、過大な要求や度を超した態度に対応を続けていくと、まず担当者が、次に組織が疲弊していきます。それに対応するために、本章ではクレーマーによって企業が受ける被害を理解し、クレーマー対応が難しい要因とクレーマーが用意する罠を見ていきます。
最近のクレーマーの特徴は、普通の人が何かをきっかけとしてクレーマーになってしまうことです。そこに何が起こっているかも本章では検討しています。
著者は弁護士ですが、企業側の代理人として、これまでに100人以上のクレーマーに対面してきたそうです。
***
現場に身を置いていると、多くの担当者がクレーマー対応に苦労していることがよくわかる。誰に相談すれば解決できるのかわからないまま、無手勝流で対応し、「このような対処法で合っているのか」と悩んでいる。(中略)終わらない電話に繰り返される面談要求。なかには根拠もなく罵声を浴びせられているケースもある。それでも「お客様だから」ということで、ひたすら耐える。しかし、そんなことをいつまでも続けていたら、いつかメンタルヘルスに支障をきたす。
***
著者はクレーム対応で悩んでいる現場担当者とも面談を繰り返してきました。プライベートの時間を奪われ、何時間もクレーマーの自宅に留め置かれた担当者もいました。著者はそんなものは仕事ではないと断言します。「誰かの犠牲のもとで成り立つような事業があってはならない」からです。
「クレーマー対応は大変だ」という雰囲気が社内に蔓延すると、みんなそれを避けるようになります。すると特定の人にその業務が集中し、社内の雰囲気が悪くなります。それは企業全体のパフォーマンスも低下させます。それを防ぐには「大事な社員をクレーマーの餌食にさせない」という会社全体の強い意志を持つことです。
クレーマーは「自分は絶対に正しい」という根拠のない自信を持っています。それが上から目線をとらせ、相手の論理的な説得を許しません。すぐに感情的になり、自分の主張を裏付けるために平気で嘘をつきます。大きな声で相手を威圧しようとします。著者が言うには、裁判で一番厄介なのは、こういう人が相手の時だそうです。
著者は「クレーマーの仕掛ける罠」を次のように挙げています。
(1)小さなことを大きく取り上げる
(2)担当者を会社から分断し、孤立させる
(3)周囲を使って担当者を間接的に追い込む
これはまるで反社会的勢力であるヤクザのやり口ですが、厄介なのは普通の人がこうしたクレーマーに変身してしまうケースが多く見られることです。
著者はその原因として、社会の成熟を挙げています。クレームは期待と現実のギャップから生まれますが、社会が成熟すればするほど提供されるものの質が高くなるからです。
サービスを受けることが当然のことのように誤解する人は、与えられることをあたりまえのことと捉えるようになります。それがサービスを提供する側とサービスを受ける側の精神的な主従関係を生みだします。クレーマーはそこから誕生します。
そうしたクレーマーに会社が脅かされないように、経営者はクレーマー対応を会社の仕組みとして整備する必要があります。それについて論じているのが第2章です。
第2章の前文はこのように書かれています。
***
経営者に求められるのは、属人的な対応を超えた“仕組み”としてのクレーマー対応を作りあげることである。(中略)組織としてクレーマーに対応するには、組織のメンバーが同じ情報を持っておかなければならない。
***
そしてクレーマー対応のマニュアルを作成し、担当者個人の判断を要しない手順でクレーマーに対応していきます。個人判断を入れない理由は、自分で判断することが過大な精神的負担を強いるからです。一番いけないのは「なんとかうまくやっておけ」と丸投げすることです。
必要なのは「クレーマーを顧客から切る」という判断です。顧客第一主義における「顧客」とは、企業としてこれからも末永くお付き合いしたい人のことで、単にお金を払って製品やサービスを買っただけの人のことを意味しません。
クレーマー担当者が疲弊するのは、経営者がいつまでもクレーマーを顧客として扱おうとするからです。それでいて、対応を現場に丸投げし、責任を負おうとしないからです。
著者は弁護士としてクレーマー対応を依頼されたとき、「うまくまとめてください」という中途半端なオーダーは断っているそうです。そもそも弁護士を立てた時点で、円滑な人間関係が維持できると思う人はいないはずです。
経営者としてクレーマー対応に必要なのは、会社としてのゴールを定めておくことです。ゴールが定めてあれば、統一した対応ができますし、組織として歩むべき方向が共有できます。
言いがかりは受け流し、話がついた場合は合意書を残して二度と連絡が来ないように明記する。話にならない要求の場合は何もしない。らちがあかなければ裁判所に判断を委ねる。こうしたゴールがクレーマー対応の目標になります。
「情報の共有」は社会のあちこちで叫ばれていることですが、問題になるのは情報が共有されるまでにかかった時間です。トップに伝わるまでにどのくらい時間がかかったかは、その組織が活性化しているかどうかに反比例します。クレームの場合はその日のうちに経営者の耳に入るのが理想です。
そして、共有すべき情報の質も問われます。特にクレーム情報は客観的でなければなりません。たとえば次のようなメモを残すことです。
・クレーマーがアポイントなくカウンターにやってきた
・クレーマーが大声を出した
・周囲に人がいた
・会社として対応できなかった
まだ第2章の途中までですが、クレーマー対応に留まらず、会社のガバナンスや経営方法について大いに参考になる本です。