値段を見て「ずいぶん高いな」と思われたかもしれませんが、350ページを超えるオールカラーの本に、有名デザイナーのロゴ作品が1,000点も載っていると考えると、それほど割高ではないかもしれません。
ロゴデザインは誰でも作ることができますが、商品やサービスのイメージを向上させ、見た人の心を打ち、好感を呼び、記憶に残るロゴとなると、そう簡単ではなさそうです。
本書には現代日本を代表するデザイナー27名のロゴデザイン作品1,000例が掲載され、その一部は使用書体まで明示されています。「新しいロゴがほしい」と思っている方には、きっと参考になるはずです。
発行元の誠文堂新光社は、1912年(明治45年)創業の老舗出版社です。最初は取次業からスタートし、翌年に出版業に進出しました。誠文堂新光社という社名は、誠文堂として出発し、1935年(昭和10年)に新光社という出版社を吸収合併した際に付けられました。
昭和40年頃まではペット関連、理工学書、人文科学書、デザイン、美術、教育などの学術書と児童書分野の出版社として知名度がありました。しかし1998年(平成10年)に不動産事業の失敗から経営危機に陥り、経営体制が変わります。
いくつかの雑誌は休刊または譲渡されて整理され、現在も継続しているのは1924年創刊の「子供の科学」と「無線と実験」、1946年創刊の「農耕と園芸」、1952年創刊の「アイデア」、1965年創刊の「天文ガイド」、1984年創刊の「フローリスト」です。
ムックも歴史のあるものが継続しており、「デザインノート」は2004年創刊、「イラストノート」は2006年創刊です。ほかに1928年創刊の「天文年鑑」という年鑑を出版しています。
本書の編者となっている「デザインノート」というムックは、「プロフェッショナルが教える、究極にわかりやすいデザインの教科書」というのがキャッチフレーズの特集本で、最新号は2024年7月16日発売の「今さら聞けないデザインのきほん」です。
発行元のサイトでは、このシリーズのことを次のように表現しています。
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アートディレクターやデザイナーを志す人たちのための専門誌。トップクリエイターの発想の原点を、彼らの仕事への姿勢やワークフローから学び取るというコンセプトのもと、クリエイターを志す人たちに役立つ誌面づくりを目指しています。 -「Interview」(人となりのご紹介)- 「Works」(作品紹介)-「Making」(作品ができるまでのプロセス紹介) これらの観点から、クリエイターがどのような現場で創作し、どのような思考過程とプロセスを経て作品を完成させているか、わかりやすい解説と豊富なビジュアルで紹介しています。
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本書に登場するデザイナーのラインナップは、次の通りです。
佐藤可士和(SAMURAI)、永井一史(HAKUHODO DESIGN)、廣村正彰(廣村デザイン事務所)、粟辻美早・粟辻麻喜(粟辻デザイン)、水口克夫(Hotchkiss)、居山浩二(iyamadesign inc. )、徳田祐司(canaria inc. )、水野 学(good design company)、柿木原政広(10)、CEMENT PRODUCE DESIGN 金谷 勉、色部義昭(日本デザインセンター色部デザイン研究所)、内田喜基(cosmos)、木住野彰悟(6D)、池田泰幸(株式会社サン・アド)、氏デザイン 前田 豊、福岡南央子(woolen)、Takram、石川竜太(Frame)、カイシトモヤ(room-composite)、ザッツ・オールライト、櫻井優樹(METAMOS™)、小玉 文(BULLET Inc.)、藤井北斗(hokkyok/MIDORIS)、荒川 敬(BRIGHT inc.)、金田遼平(YES Inc.)、赤井佑輔(paragram)
最初に登場する超有名デザイナー、佐藤可士和氏については、特別インタビューが掲載されています。まず、そこから見ていくことにしましょう。
佐藤氏は「ロゴデザインを考える」という項目で、「ロゴデザインの役割」について、次のように述べています。
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一口にロゴと言っても様々なタイプのものがあると思います。例えば、グローバル企業のロゴと一店舗のロゴでは、デザインの考え方は大きく変わります。そのロゴがどこで、どのくらいの期間使われるものなのかを考え、求められる役割を見きわめていくことがまずは大切です。その上で、形から入るのではなく、ブランドや企業の特徴を表現するロゴのコンセプトから考えるようにしています。
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そして「ロゴのコンセプトをどのように考えていくのか」について、自身の代表作であるユニクロのロゴを例にしてこう答えています。
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例えば、ユニクロの場合はアメリカで生まれたカジュアルファッションを日本流に解釈し、グローバルに展開するというブランドの立ち位置を表すために、ロゴにカタカナを用いることにしました。カタカナは外来語を表すために使われるものですし、世界に対しても、日本のポップカルチャーを体現するアイコンとして受け止めてもらえると考えました。
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「コンセプトを形に落とし込んでいく上で意識していることを教えてください」という質問に対しては、次のように答えています。
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まずはコンセプトに適したイメージの合う書体を探します。ただ、コンセプトを完璧に体現する既存の書体というのは存在しないですし、近いものが見つかったとしてもそれをベタ打ちするだけではロゴにはなりません。フォントはテキストとしての読みやすさ、使いやすさを前提に設計されていますが、一方のロゴは記号性が重要な要素になります。そうした観点からロゴとして成立する形を追求していきます。
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続くインタビューの中で佐藤氏は「ロゴには二つの耐久性が求められる」という重要な発言をしています。耐久性のひとつは、「時間」です。佐藤氏は「50年」をひとつの目安として、子どものころに見たロゴが大人になっても古びて見えないことを指標にしています。
もうひとつの耐久性は多様なメディアに対するもので、スマホの画面で見ても、ビル壁面の巨大なデジタルサイネージで見ても、あるいは立体物や布などの特殊な素材に展開されても、一貫したイメージを保てることが大事だということです。
次のページからは、佐藤氏の作品が紹介されます。トップバッターはご存じユニクロのロゴです。カタカナの使用に関してはインタビューでも触れられていますが、赤をカラーに選んだ理由は、「日本発のブランドであることを示すため」とのことです。
その次の作例は楽天のロゴです。2003年からブランディングに携わり、2018年にリニューアルした楽天のグループロゴがまとめて紹介されています。ちなみに「Rakuten」の下にある横棒は、漢字の「一」をモチーフとして取り入れたものだそうです。
楽天のロゴに関しては「楽天フォント」と呼ばれる書体を新たに開発し、SANS、SERIF、ROUNDED、CONDENSEDの4書体にそれぞれ5つの太さがあり、合計20書体でブランド表現をしています。
佐藤氏の3番目の作例は、くら寿司です。江戸の町人たちにファストフードとして親しまれてきた寿司の本質を世界に発信するものとして、江戸文字と欧文をミックスしたグローバル統一ロゴをデザインしています。
4番目の作成はヤンマーです。創業100周年を機にスタートしたリブランディングを担当し、ブランドの最も重要なアイデンティティとして「FLYING-Y」を設計しました。
次に登場するデザイナーは、永井一史氏です。永井氏はHAKUHODO DESIGN代表取締役社長で、多摩美術大学教授でもあります。作例のトップは「ヘルプマーク」。身体内部に疾患を持つ人や妊娠初期の女性など、外見からはわからないが援助や配慮が必要な人のためにつくられて赤に白地で十字とハートマークがデザインされたものです。見たことのある人も多いことでしょう。
東京オリンピック、パラリンピックに向けて2017年にJISに追加された規格ですが、現在では全国のほとんどの県で採用されているそうです。
次の作例である「Tokyo Tokyo」は、東京の魅力を国内外に発信していく東京都の事業のロゴです。筆文字のTokyoとゴシックのTokyoを重ねることで、江戸から続く400年の伝統と、未来に向けて進化し続ける都市の姿をイメージさせています。
その次に登場するのは、創業100周年でロゴをリファインしたユーハイムです。創業者であるカール・ユーハイムさんがもともと作成したロゴを作り直し、これからの100年を担えるロゴと世界観を表現しています。
続いて、1566年創業の老舗寝具メーカー、西川産業のロゴが紹介されています。一見すると江戸時代から使用されているロゴを踏襲しているようですが、縦の線を直線から曲線に変えることによって、動きを表現しています。マークに添えられた「nishikawa」の文字は、優しさと強さを感じさせる小文字が使われています。
その隣には、パレスホテル東京のロゴがあります。ファイブ・ドッツと呼ばれるシンボルと、パレスシルバー、パレスブルーの2色で表現された格調高いロゴマークです。
次のページには代表的なロゴ作品が1ページに6点掲載されています。東京電力のパワーグリッド、東京大学iスクール、新丸ビル、一休.com、じぶん銀行、TEPCO、REGAL、dinos、MONOなどの見慣れたロゴと、見慣れないロゴが混じった4ページは、じっくり見るといろいろな発見があります。
3番目のデザイナーは、廣村正彰氏。田中一光デザイン室の出身で、美術館や商業施設、教育施設などのCI、VIを多く手掛けている人です。
最初の作例は富士御殿場蒸留所。かつてキリン・シーグラムとして知られたキリンディスティラリー富士御殿場蒸留所のリニューアルロゴです。富士のFをシンボルマークとし、日本人として初めて渡米したジョン万次郎のレタリングから要素を抽出してデザインしたものです。
2番目の作例はヨックモックミュージアム。世界有数のピカソの陶器作品を扱うミュージアムのロゴです。ピカソの作品から着想を得たシンボルマークにオリジナルフォントの欧文を組み合わせています。サイン素材にはセラミックを使い、案内やピクトグラムもピカソの世界を楽しめるようにデザインされています。
その先にも、タカラレーベン、立正大学、東京ステーションギャラリー、すみだ水族館、アヤナリゾート、栄光ゼミナール、あんしん財団、横須賀美術館、津田塾大学、コープさっぽろ、あいちトリエンナーレ2013、ヤオコー川越美術館、六本木アートナイト、鉄道博物館、丸善、紀ノ国屋などのロゴがずらっと掲載されています。
続いて登場するのは、粟辻美早、麻喜の女性デザイナー姉妹です。この姉妹が中心となって女性デザイナーによるデザインスタジオである粟辻デザインを主宰しています。
最初の作例は佐々木製茶の茶の庭というショップとカフェを併設した施設のロゴマークです。佐々木製茶の屋号である「かねじょう」をシンボリックに扱い、茶葉のように柔らかい印象のフォントを使用しています。
2番目の作例はグランヴォー・スパ・ヴィレッジです。千葉県中房総にオープンした複合リゾート施設で、豊かな視線の中に人々が集うイメージを、山と森と水のシンボルを使ってデザインしています。
3番目の作例は国際工芸アワードとやまのロゴ。地球と立山連峰をイメージしたマークとChoplinというフォントの欧文で組み立てています。
その次の作例はキヤノンのNEOREALというイベントのロゴです。3年間連続して担当したので、ロゴのシルエットは同じながら、地紋と色彩による塗り分けがまったく異なっています。
続く41点の作例は、いずれも中小企業のロゴながら、ユニークな発想と丁寧な仕事を感じさせる秀逸なものばかりです。
その次のデザイナーは水口克夫氏です。水口氏は電通勤務を経て独立したアートディレクターで、NEC「バザールでござーる」、サントリー「BOSS」、ソフトバンク「お父さんイラスト」、NHK「真田丸ポスター」などの作品が知られています。
最初の作例はJR東日本の北陸新幹線開業プロジェクトのロゴです。水口氏は金沢市出身なので、北陸新幹線の開業には縁があります。暗いイメージをもたれがちな北陸の印象を一気に明るく変えた作品でした。
2番目の作例は、ベネッセコーポレーションの「いぬのきもち」「ねこのきもち」のロゴです。オリジナルフォントでいぬとねこが幸せな時を送り、共に暮らす人に喜びが生まれる様子をイメージしています。
以下、大人気コミックNARUTOの連載完結記念展覧会のロゴや金沢ゆかりの名物芝寿しにまつわる芝寿しのさとのロゴなど21点の作例が目を引きます。
以下、紙幅が尽きてきたので飛ばし気味に紹介します。
居山浩二氏の集英社文庫ロゴと上州富岡駅ロゴ。
徳田祐司氏のいろはすロゴと吉乃川ロゴ、グノシーのロゴ。
水野学氏の三井不動産ロゴとJRE POINTロゴ、再春館製薬所ロゴ、オイシックスロゴ。
柿木原政広氏の角川武蔵野ミュージアムロゴと静岡市美術館ロゴ、松竹芸能ロゴ、学研ホールディングスロゴ。
色部義昭氏の大阪メトロロゴと草間弥生美術館ロゴ、東京芸術大学ロゴ。
内田喜基氏の井村屋ロゴと井筒グループロゴ。
池田泰幸氏のかいけつゾロリ35周年ロゴと虎ノ門ヒルズロゴ、高橋書店ロゴ。
前田豊氏のあいちトリエンナーレ2019ロゴとNHKスタジオパークロゴ。
福岡南央子氏のキリン世界のKitchenからロゴ。
デザインファームTakramのメルカリロゴとJ-WAVEロゴ、日本経済新聞ロゴ。
櫻井優樹氏の食べログロゴとECのミカタロゴ。
藤井北斗氏の大宮門街ロゴ。
オフィスに1冊備えておいて、隙間時間に眺めてみることをおすすめしたい本です。ページをめくっていると、いろいろなアイデアが湧いてくることでしょう。