本書の版元であるディスカヴァー・トゥエンティワン(Discover21)は、1985年創業の比較的若い出版社です。取次を通した委託販売ではなく、書店と直接取引をするのが特徴で、2010年には『超訳ニーチェの言葉』(白取春彦・編訳)が119万部という大ヒットを記録しました。
勝間和代、喜多川泰などを見出した出版社として知られ、ビジネス書や自己啓発書を得意としています。「ディスカヴァー携書」「DIS+COVERサイエンス」という新書レーベルもあります。
著者の安藤俊介氏は、一般社団法人日本アンガーマネジメント協会ファウンダー兼理事で、アンガーマネジメントコンサルタント。この分野における日本の第一人者だそうです。アンガーマネジメントの理論と技術をアメリカから導入し、アメリカに本部のあるナショナルアンガーマネジメント協会において15名しかいない最高ランクのトレーニングプロフェッショナルに、アジア人でただ1人選ばれています。
主な著書は『アンガーマネジメント入門』(朝日新聞出版)、『アンガーマネジメントを始めよう』(大和書房)など。著作はアメリカ、中国、韓国、タイ、ベトナムでも翻訳され、累計80万部を超えるそうです。
では、本書がどんな内容なのか、「はじめに」をのぞいてみましょう。
まず目に飛び込んでくるのが「怒りは人生を壊す唯一の感情です」という言葉です。本書は全ページが黒と水色の2色刷りなのですが、この水色で書かれた文字が目に飛び込んできます。
それを受けて次に色文字で書かれているのが以下の言葉です。
「重要なのは怒りに振り回されずに、コントロールすること。その方法が、本書で紹介するアンガーマネジメントです」
《怒りなんてコントロールできるのか?》
という読者の心の声に、著者はこう答えています。
「心配ありません。アンガーマネジメントを使えば、誰でも怒りをコントロールできるようになります。なぜなら、この私自身がアメリカでアンガーマネジメントを学ぶまでは、かなり怒りっぽい人間だったからです」
続いて、怒りをコントロールするための4つのテクニックが紹介されます。
(1)とっさの怒りを抑える方法
(2)怒らないための習慣
(3)ムダに怒らない心の持ち方
(4)怒りを上手に伝える方法
ちなみに、アンガーマネジメントというと、怒りを我慢することと思っている人が特に日本人には多いそうですが、著者に言わせるとそれはまったくの間違いです。怒りをため込むことはストレスになり、心の不調を呼び寄せるからです。「怒りと適切に付き合って、コントロール下におくこと」こそがアンガーマネジメントの真骨頂なのです。
本書の内容も、上記の4つのテクニックに沿って展開されていきます。読みやすく理解しやすいようにオール2色刷りであるのに加えて、豊富なマンガと図版、各章のまとめが用意されています。それでは目次を紹介しましょう。
・はじめに
・プロローグ
・第1章 とっさの怒りを切り抜ける7つの対症療法
・第2章 怒らない自分をつくる9つの習慣
・第3章 ムダに怒らない人になる10の心の持ち方
・第4章 上手な怒り方7つのルール
・付録 実生活に役立てるアンガーマネジメント
・おわりに
各章の最後には「まとめ」がついています。目次を見てわかるように、各章は要素を数字であらわしていますので、まとめを先に見ることで内容が概観できます。たとえば第1章のまとめは次のようになっています。
□深呼吸をする
□目の前にあるものを観察する
□自分の動作を実況する
□怒りのレベルを数値化する
□その場を離れてクールダウンする
□ポジティブな言葉で自分を励ます
□頭の中のゴミ箱にイライラの気持ちを捨てる
さて、どの要素が気になったでしょうか。では試しに「怒りのレベルを数値化する」の本文を読んでみましょう。
著者は「怒りのレベルは10段階で数値化が可能です」と言っています。体温や血圧のように、怒りも数値化してそのレベルが記録できるというわけです。そのレベルは次のようになっています。
レベル0…「穏やか」ストレスやイライラがない状態
レベル2…「不愉快」イラッとしたり、不愉快な気分を味わっている状態
レベル5…「腹が立つ」前面には出ていないが、相当な怒りを感じている状態
レベル8…「爆発寸前」怒りが前面に出て、我を忘れそうになっている状態
レベル10…「最大級」震えが止まらないなど、憤怒、爆発に達する状態
中間の数字は、それぞれの間の状態を示します。これをX(旧ツイッター)や本書で紹介されているアプリ「感情日記」などに記録しておくと、自分の怒りにさまざまなレベルがあることに気がつき、怒りを客観的に見られるようになります。
アプリ「感情日記」は著者が開発したもので、怒りを感じた直後に出来事と怒りのレベルだけを記録します。たとえば「タクシーの運転手が道を間違えた 2」といった感じです。
「その場を離れてクールダウンする」では、アメリカでアンガーマネジメントが誕生したきっかけである「ロードレイジ」のことから話が始まります。
ロードレイジとは、運転中にキレて暴力的な行動を起こすことです。アメリカでは運転中の射殺事件が多発したことから、アンガーマネジメントの研究が始まったといわれています。
クールダウンの代表は、スポーツシーンでよく見る「タイム」です。試合の流れが悪くなったときに、監督や選手が審判に一時中断を求めて流れを変えようとするものですが、これはアンガーマネジメントにも効果があります。
たとえば相手に怒りを感じた場合、「ごめんね、ちょっと熱くなって今は話がしづらいから、少し待ってて」と正直に話し、いったん離席するのです。「5分中断します」というように時間を限ると相手に不信感を与えません。
ストライクが取れずに四球を連発して自滅していく投手の姿はよく見ますが、それを防ぐのが効果的な「タイム」ということです。
第2章は自分を変えることで怒らない自分をつくる方法について述べています。まとめには次のように書かれています。
□やけ酒やグチはやめる
□笑顔でいることを心がける
□不平不満を抱えた人とは付き合わない
□語彙力を身につける
□アンガーログをつける
□べきログをつける
□ハッピーログをつける
□自分の「べき」を書き換える
□「事実」と「思い込み」を切り分ける
この9つのテクニックは、どれも習慣づけることで自分を変えることができるものばかりです。というのは、著者によれば怒りっぽい人は自分がイライラしている原因を他人に求める傾向があるからです。自分を変えて他人を変えようとしなくなれば、おのずと怒りにくくなるというわけです。
自分を変える最初の一歩として、本書ではやけ酒やグチをやめようと提唱しています。やけ酒やグチは嫌な気持ちを心に定着させてしまう働きがあり、かえって怒りを増幅してしまうのです。それよりも、適度な運動やカラオケ、映画鑑賞、部屋の掃除などがいいそうです。脳からセロトニンが出て、リラックス効果があります。
その次の「笑顔でいる」というのもアンガーマネジメントとして大事な基本です。笑顔をつくるとポジティブな柔らかい気持ちになります。それに加えて所作を丁寧にし、言葉づかいに気を配ると、気持ちが穏やかになり、イライラ、トゲトゲした気分が解消されます。
「語彙力を身につける」というのは、怒りとは無縁のように感じますが、語彙力の豊富な人は多彩な自己表現ができるので、怒りが爆発することが少ないのだそうです。つまり、怒りっぽい人は表現力が貧しい人、表現不足な人といえます。
その次は「~ログ」が3つ並んでいます。自分の感情にまつわるいろいろな記録を付けて、感情の客観化をすることにより、怒りを遠ざけるやり方です。特に「べきログ」は大事で、「~すべき」「~べきでない」という考え方が怒りの根源なので、その気持ちを記録することで怒りの原因がマッピングできます。
ログを付けることが習慣化できたら、「3コラムテクニック」という少し上級の手法を使います。これは自分が怒りを感じた出来事を選び、ノートに3つの箱を作って「出来事」「べき」「書き換え」を記入します。
「出来事」の箱には、起きたこととその時自分がどう思ったかを書きます。「タクシーの運転手が道を間違えた。腹が立った」というぐあいです。
2番目の箱には自分が考える「こうあるべきだ」を書きます。「タクシーの運転手は道に詳しくあるべきだ」という感じです。それからその箱を読み返して、その考え方が長期的にみて自分やまわりの人にとって健康的なものかを評価します。この評価方法がアンガーマネジメントにおいて重要なポイントです。
3つめの箱には、「どう考えればイライラせずに済んだか」を書きます。「地方から上京してきたばかりの運転手さんだったのかもしれない」というように、柔軟な発想で自分に質問を繰り返して価値観を書き換えます。
最後の「事実と思い込みを切り分ける」は、裁判官のように自分に起きたことを客観的に捉え直して、自分の中にある「思い込み」を切り離すテクニックです。たとえば「ぼくは無職だから一生結婚できないだろう」という考えのうち、「無職」は事実、「結婚できない」は思い込みです。
事実と思い込みを切り分けることにより、感情が先走ることをストップできます。感情的になるのは、事実のみを切り分けて整理してからにすればよいのです。
第3章のまとめは、次のようになっています。
□怒りの奥にある「本当の気持ち」と向き合う
□完璧主義を捨てる
□怒る自分を受け入れる
□ポジティブな解釈をしてみる
□2つの軸で怒りを整理する
□他人の評価を耳に入れない
□怒りを成長のエネルギーに変える
□過度に他人に期待しない
□「権利・欲求・義務」を分ける
□自分ルールを見直す
この章の冒頭では、「怒りの奥にある一次感情に気づく」というテクニックが出てきます。怒りとは二次感情であり、その手前には原因となる一次感情があるという考え方です。どんな一次感情が自分の怒りを引き起こしているのかを知ることで、怒りをコントロールしようというものです。
ここで著者自身のエピソードが紹介されます。著者はあるパソコンメーカーから、お客様のクレームについて相談を受けたのですが、故障したパソコンを修理したのにお客様の怒りが収まらないとのことでした。
著者がお客様の言葉をよくよく聞いてみると、「パソコンが壊れたせいで恥をかいた」ということが怒りの裏側にあることがわかりました。つまりお客様の一次感情は「恥をかいてつらかった」であって、メーカー側はそこを理解する必要があったわけです。
著者はこう言っています。「怒りを感じたとき、また相手を怒らせてしまったときに大切なのは、『怒りの奥にある一次感情は何か』を探ることです」。つまり、怒りそのものに対処するのではなく、一次感情に対処し、解決に導くほうが効果的だということです。
次の「完璧主義を捨てる」は、怒りのハードルを下げる方法です。理想が高すぎるほど怒りを感じやすくなり、完璧主義は自分も周りも苦しめるからです。さらに完璧主義のまずい点は、理想の姿を他人にも求めてしまうところにあります。
「怒る自分を受け入れる」というのもアンガーマネジメントの一面です。アンガーマネジメントは「怒ってはいけない」「怒らないようにする」方法論ではなく、怒りの感情をコントロールして自分も周りも幸せにすることですから、怒ってしまったなら、それをすなおに受け入れることが大切です。
そして、世の中には「怒った方がよいこと」があります。理不尽なことに対しては怒る方が自然です。このとき、怒るべきかどうかの判断基準は、「後悔するかどうか」です。怒りを我慢して後悔するようなら、怒った方がいいということです。
この章の最後の「自分ルールを見直す」は、先ほどの「べきの書き換え」の応用編です。自分が「世間の常識」と思っていることは、もしかすると「自分ルール」なのではないかと疑い、むやみに相手に押しつけないようにしなければなりません。
第4章は「上手な怒り方」です。ここでは7つのルールが紹介されています。
□リクエストを具体的に伝える
□「私」を主語にして「I(アイ)」メッセージで伝える
□過去の話を持ち出さない
□程度言葉を使わず、6W3Hで具体的に伝える
□未来の改善策をリクエストする
□低いトーンでゆっくり話す
□その時々で言うことを変えない
前章で時には怒ったほうがいいという提案がありましたが、本章はそれを受けて相手に自分の希望が伝わる怒り方をコーチしていきます。上記のまとめにあるのは、そのためのエッセンスです。
これができるようになれば、怒りをコントロールすることに留まらず、周囲と上手にコミュニケーションがとれる人になることでしょう。
本書は全4章で構成されていますが、最後に「付録」がついています。タイトルは「実生活に役立てるアンガーマネジメント」です。その見出しを抜き出してみます。
・実践0 アンガーマネジメントは実践しなければ意味がない
・実践1 公共の場のトラブルに関わらないという選択を考える
・実践2 ロードレイジの被害者にも加害者にもならないために
・実践3 インターネット・SNSとは適度な距離を取る。やめてもいい
・実践4 パワハラをしない・されないために
・実践5 しつこいクレーマーは、手を引くラインを決めておく
・実践6 健全なパートナー関係について学びわかり合う努力をする
・実践7 「自分の人生」と「子どもの人生」を切り離す
「おわりに」で著者は「心を整えるとチャンスが巡ってくる」と言っています。アンガーマネジメントは、まるでゲームの難易度を下げたように人生をイージーモードにしてくれて、OSをバージョンアップしたパソコンのように生き方が楽になるといいます。
「自分は怒りっぽい」と感じている人だけでなく、人生をもっともっとより良く生きたいと願っているすべての人におすすめしたい本です。