まずタイトルの「メタ思考」について蛇足ながら解説を。
「メタ」とは「超越、一段と高い、高次の」という意味の接頭語で、「メタ言語」「メタ理論」といった用例があります。
本書のタイトルである「メタ思考」とは、「物事を一つ上の視点から考えること」。自分を客観視して、自分とその周りの世界を鳥の目で上から眺めるといった感じでしょうか。
それができると、どんないいことがあるのか? これは経験した人にしかわからない感覚なので、メタ思考のことを知らない人にメリットを伝えるのはかなり困難です。断片的に伝えるなら、「成長のために必須の思考法」「解決が困難と思われた問題がするりと突破できる」「新しいアイデアが次々と生み出せる」といったところでしょうか。
メタ思考のことが書いてある本はいろいろありますが、本書はその中でも「入門編」に位置するものなので、まず最初に手に取ってみるのに向いています。何より、メタ思考のためのトレーニングができる演習問題が34問もついています。
ただし、その問題は易しくはありません。たとえば「信号機と特急の停車駅の共通点は?」という問題。すぐ答えが浮かびましたか?
では「経理業務とスポーツ審判の共通点は?」はどうでしょう。やはり難問ですね。でも大丈夫。本書を最初からじっくり読み進めると、そういう問題が解けるようになっていきます。それこそが「メタ思考トレーニング」なのです。
著者は1964年生まれのビジネスコンサルタント。東京大学工学部、東芝、アーンスト&ヤング、キャップジェミニ、クニエという経歴の持ち主で、コンサルティングの専門領域としては、製品開発、営業、マーケティング領域を中心とした戦略策定や業務/IT改革などです。
近年は問題発見・解決や思考力に関する講演およびセミナーを企業や各種団体、大学などに対して国内外で多数実施しています。著書は『地頭力を鍛える』『アナロジー思考』『問題解決のジレンマ』(東洋経済新報社)、『「Why型思考」が仕事を変える』(PHPビジネス新書)、『なぜ、あの人と話がかみ合わないのか』(PHP文庫)など多数あります。
「おわりに」で著者はAIが囲碁で人間の棋士を打ち負かした事件を取り上げています。ボードゲームで最も難易度の高いものの一つである囲碁において、AIが人間に勝ったということは、「決められたルールや問題」の中での戦いでは、もはや人間はAIに勝てないことを意味しているというのです。
著者によれば、もはや人間がAIに勝てる領域は、「メタのレベル」に限定されるといいます。ゲームでは勝てなくても、面白いゲームを作り出すことで、まだ人間はAIに勝てるとのこと。
著者は将来的に見て、AIに置き換えられない職業はないと予想しています。そんな時代に人間が仕事を失わないために必須な能力は、「自ら仕事を作り出す能力」だそうです。その能力に不可欠なのがメタ思考なのです。
それでは、本書の目次を紹介します。
・はじめに
・第一章 ウォームアップ編
・第二章 Why型思考のトレーニング
・第三章 アナロジー思考のトレーニング
・第四章 ビジネスアナロジーのトレーニング
・おわりに
「はじめに」では、メタ思考を解説するために、メタ認知の説明から始まります。「もう一人の自分の視点で自分を客観視してみる」すなわち「幽体離脱して上から見る」のがメタ認知です。これにより、さまざまな物事を「一つ上の視点から」考えることができるようになります。
メタ認知のメリットは、3つあります。成長するための気づきを得られること、思い込みや思考のクセから脱することができること、それらを基にした創造的な発想ができることです。
では、どうすればメタ認知の手法をマスターしてメタ思考を自分のものにできるかですが、著者はそのうちの2つ、「なぜという問いかけによる方法」と「抽象化によるアナロジー手法」を本書で紹介しています。
著者は「メタ思考を苦手とする人」の例として、以下のような人たちを挙げています。
・感情にまかせて行動する人
・思い込みが激しい(ことに気づいていない)人
・常に具体的でわかりやすいものを求める人
・(根拠のない)自信満々の人
・他人の話を聞かずに一方的に話す人
・「自分(の置かれた環境)は特別だ」という意識が強い人
思い当たる人は、ぜひ本書を読むことをおすすめします。では本文に入っていきましょう。
第一章の冒頭に、次のような文章があります。
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メタ思考とは、自らの視点を一つ上げて、自らが思考に関してある壁に閉じ込められた「とらわれの身」になっていることに気づくことです。
そのために本章では、まず自らの思考の偏りや視点の低さをチェックし、自らをもう一つ高い視点(メタの視点)で見ることから始めてみましょう。
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続いて自分の持っている「自分勝手さ」に気づくためのセルフチェックがあります。次の項目で思い当たるものがあるかどうかをチェックします。
・「貸した金」はいつまでも覚えているが、「借りた金」はすぐ忘れる(「金」を「恩」に変えても同じ)
・「いまの若い人」は頼りなく見える
・「自分だけが損をしている」「あの人だけが得をしている」とよく思う
・他人のことは安易に一般化するが、自分は特殊だと思う
・他人の失敗は「実力がないから当然だ」と思うが、自分の失敗は「運が悪かった」と思う
・他人に対しては「一部分だけをみて正論を吐くな」と思うのに、自分は一部分しか見ない(ことに気づいていない)で他人に正論を吐く
・「上司の短所」はいくらでもあげられるが、自分は「良い上司」だと思っている
なぜこういうチェックリストが出てくるかというと、メタの視点に上がるためには、自分の特殊性を排除して、自らを客観視するところから始まるからです。
次に「自己矛盾」のチェックが載っています。自己矛盾こそ、自分勝手さの最たるものだからです。
・「批判する人って生産的じゃないよね」という批判
・「他人の悪口をネットで言っているやつは許せない」というネットの悪口
・「代案を出さずに反対するのはやめろ!」という反対意見
・「人の話を聞くのが大事だ!」という一方的な押しつけ
・「マニュアル通りにやるな!」というマニュアル
・「私にはポリシーがありません!」というポリシー
・「抽象化・一般化なんて無意味だ」という一般化
・「人の言うことは鵜呑みにするな!」というアドバイス
・「傾聴力が大事だ」という一方的講演
・「うちの部下はできないのを他人のせいにするんだよ」という上司
著者はこれらの言葉を「非メタ思考」と呼んでいます。たとえば「近ごろの若い者は不甲斐ない」といった言葉は、非メタ思考の権化だといいます。その理由は、次のように列記できます。
・自分が若いときのことは棚にあげている
・その構図はいつの時代でも一緒なのに、「今の」と自分たちの時代だけ特殊視している
・そういう若い世代を作ったのは自分たちの世代だということに気づいていない
これらの発言で一番問題なのは、発言している人自身がそのことを自分勝手だとか自己矛盾していると気づいていないことです。
ここで最初の演習問題が出てきます。
【演習問題】
「顧客の気持ちになれない職業」とは?
著者が挙げている答えの例は次のようなものです。
・男性の産婦人科医
・凶悪犯担当の弁護士
すぐに応用問題が出題されます。
【応用問題】
その他に「相手の立場に(構造的に)なれない職業」を探してみてください。
(先述したように、病気や犯罪を対象とする職業の人にはこのような構図が当てはまる可能性があります)
以上が第1ステップで、ここから演習問題が連続します。
【演習問題】
身の回りで「理解できない価値観」の人や事象に出会った経験を思い出し、それを否定するのではなく、どのようにしたら理解できるのか、あるいはそこから新しいアイデアが生まれないかを考えてみましょう。
(「世代間ギャップ」や「異文化ギャップ」がわかりやすい例です)
さらに応用問題です。
【応用問題】
「世代間ギャップ」や「文化間ギャップ」のような異なる価値観の人の「理解できない行動」を理解する上で、自分の常識のほうを疑ってみたほうがよいことがほかにもないでしょうか。職場や身の回りで最近感じたなんらかのギャップを思い出しながら考えてみましょう。
第二章では、メタ思考トレーニングの方法の一つである「Why型思考」がテーマになります。「なぜ?」という言葉はメタ思考の基本中の基本で、「考えることを考える」ためには必須の言葉です。
【演習問題】
皆さんは(上司やお客様から)「ドローンについて調べて報告して」と言われました。次に取るべきアクションを1分間でなるべく多くあげてください(目安:10項目)
例:
・インターネットで検索する
・(社内でよく知ってそうな)○○さんに聞いてみる
・関連書籍を買う
次の【解説】で、自分の思考のクセがチェックできます。
この問題を示されたとき、多くの人が問題に回答するべく頭を働かせたと思いますが、それは「How志向」の考え方です。
しかし、「なぜドローンについて調べる必要があるのか」「この調査結果を何に使うのか」という方向に頭が働いた人もいるかもしれません。それは「Why志向」の考え方です。
著者は、Why志向の考え方のほうがメタ思考に近いと言っています。問題解決におけるメタ思考とは、いきなり問題を解き始めるのではなく、まず「問題そのものについて」考えることです。
何も疑問を持たずに問題そのものの世界にどっぷり浸かってしまい、それが世界のすべてであるかのように錯覚してしまうと、問題の外側があることや、他にもやるべき問題があることに気づかなくなります。
Why志向の考え方ができれば、ドローンの問題についても調査の目的を探り、どういう用途向けのことを重点的に調べるべきか、技術的なことが必要なのか、法律的なことが必要なのか、単純に問題に取り組むよりも根幹に迫ることができます。
高学歴の日本人ほど、「与えられた問題をうまく解くこと」に集中しがちで、「そもそもその問題が正しいかどうか」を考えようとしない傾向があります。Why志向の考え方=Why型思考ができるようになると、そこから抜け出すことが可能になります。
著者は「How志向=戦術」「Why志向=戦略」と表現しています。いくら戦術が巧みでも、戦略が疎かでは戦いには勝てません。
疑問視にはWhyだけでなく、WhatやHow、When、Whereなどいろいろあります。しかしこの中でWhyだけが時間を超えることができると著者は言います。過去に向けて「なぜ?」と問えば結果に対する原因がわかり、未来に対して問いかければ、手段に対する目的がわかります。Whyには空間的に壁を越えるだけでなく、時間的に2つの場所をつなぐ関係づけができるのです。
Whyには別の特徴もあります。それは「繰り返すことができる」ことです。「『なぜ?』を5回繰り返せ」などは製造業の現場でよく聞かれますが、「なぜ?」を繰り返すことで本質的な解決策に迫ることができます。これは他の疑問詞では不可能なことです。しかも、「なぜ?」を繰り返すたびに、メタのレベルが上がっていきます。
続く第三章では、メタ思考においてWhy型思考のもう一つの軸であるアナロジー思考の習得法が解説されています。アナロジーとは、類似のものから推論することで、簡単に言えば「似ているものから借りてくる」ことです。
それはいわゆる「パクリ」のことかと思われるかもしれませんが、パクリが目に見えて表層的であり、簡単に気づかれるのに対して、アナロジーは目に見えず本質的であり、すぐにはわかりません。
要するに、アナロジーは関係性や構造を真似るということです。そのためには具体的な事象を抽象化して一般化する作業が不可欠です。さらに、借りてくるアイデアの元をなるべく遠くから持ってくることで、バリエーションが増えます。
アナロジー思考の代表的な例は、りんごが木から落ちるのを見て万有引力のヒントを得たニュートンの逸話です。ほかにも、太陽系の惑星の動きからヒントを得て原子の構造を解明したラザフォードなど、いくらでも例があります。
ここで再び演習問題です。
【演習問題】
(1)子供の頃に自転車の乗り方を覚えた時の経験や教訓を、なるべく具体的に(自転車ならではの言葉や固有名詞で)リストアップしてみてください
(2)その経験や教訓を、他の学び(英会話や簿記、あるいは料理などの習い事)に応用できないか考えてみてください
この問題で鍛えられるのは「翻訳」の力です。翻訳とは、見た目が異なる二つの言葉を「概念」という類似性を基に一つにつなげることです。この場合、「直訳」は抽象度が低く、「意訳」がアナロジーに相当します。
たとえば英語の「silver bullet」は直訳すると「銀の弾丸」ですが、意味は「難題を簡単に解決できる道具」です。したがってアナロジーとしての意訳は「特効薬」となります。
先の演習問題に戻ると、次のような事象が挙がってくるかもしれません。
・父親に支えてもらった
・補助輪を1つずつ外していった
・初めは緩い下り坂から始めて、続いて平らな道に進み、最後は上り坂で練習した
・ブレーキの使い方を間違えて転んだ
これを英会話に適応すると、補助輪は辞書に当てはめることができるかもしれません。下り坂→平坦路→上り坂はヒアリングのスピードを上げていくことに対応させられるかもしれません。その訓練を繰り返すことで、アナロジー思考が鍛えられていきます。
最後の第四章で、鍛えたメタ思考をビジネスに応用するコツが紹介されます。くわしくは本書を読んでいただくとして、演習問題を引用して終わりにします。回答例は「編集後記」の末尾に記します。
【演習問題】
「新聞」と「百科事典」の共通点は?
【演習問題】
「コピー機」と「エレベーター」の共通点は?
【演習問題】
「タクシー」と「土産物屋」の共通点は?
(ヒントは「顧客構成」です)