タイトルを見ると、「副詞の使い方を学んでコミュニケーションを上達させる方法が書いてある本」と思うかもしれませんが、本書はハウツー本ではありません。「副詞」という、普通の日本人には説明ができない品詞の解説を通じて、言葉が伝えるニュアンスの違いを理解することができる、国語の再学習本だと思えばいいでしょう。でも、それだけに奥が深く、一読するだけの価値があります。
著者は1969年生まれの国語学者です。国立国語研究所教授・共同利用推進センター長、一橋大学大学院言語社会研究科連携教授という肩書です。これまでの著書には『文章は接続詞で決まる』『「読む」技術』『日本語は「空気」が決める』『語彙力を鍛える』『段落論』(光文社新書)、『よくわかる文章表現の技術Ⅰ~Ⅴ』(明治書院)、『「予測」で読解に強くなる!』(ちくまプリマー新書)、『この1冊できちんと書ける!論文・レポートの基本』(日本実業出版社)、『大人のための言い換え力』(NHK出版新書)などがあります。
著書を眺めてみると、受験生や学生向けの本が目立ちますが、言葉の使い方に悩むビジネスマンも読者対象のようです。本書は後者の部類でしょう。本書が気に入ったら、他の著書に手を伸ばしてもいいかもしれません。
本書を読み始める前に、まずタイトルの「副詞」について押さえておきましょう。Wikipediaで「副詞」を調べると、こう定義されています。
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自立語で活用がなく、主語にならない語のうち、おもに用言(動詞、形容詞、形容動詞)を修飾することば(連用修飾語)。名詞や他の副詞を修飾することもある。
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そして、その種類と働きを次のように分類しています。
・状態…主に動詞を修飾し、動作・作用がどんな状態(どのように)かを表す副詞
「すぐに」「ときどき」など
・程度…疑問・禁止・感動などの意味を付け加える副詞
「とても」「もっと」「かなり」など
・叙述(陳述・呼応)…被修飾語の部分に決まった言い方を必要とする(副詞の呼応という)副詞
「決して(~ない)」「なぜなら(~だから)」など
・指示…物事の様子などを指し示す副詞
「こう」「そう」「ああ」「どう」の4語だけ
そして日本語に多いといわれるオノマトペ(擬声語と擬態語)も副詞の仲間です。
蛙がケロケロと鳴く
ドアがガタガタ鳴る
背がぐんぐん伸びる
人をジロジロ見る
ここまで読んで気づいた方もおられるかもしれませんが、副詞の用法は時代の流行で変化する部分があります。たとえば叙述の副詞の呼応を破った使い方「全然OK!」や状態の副詞が程度の副詞になった「超すげえ」みたいな若者言葉が代表です。
つまり、副詞をどう使うかが日本語の表情やニュアンスを大きく変えるということで、それがタイトルの示す意味になります。表面的なハウツー本よりも奥が深い内容だということです。
それでは目次を見ていきましょう。
・はじめに
・第1章 副詞とは何か
1.副詞の混乱
2.副詞の整理
3.副詞とは何か
・第2章 副詞の多用
1.副詞の重要性
2.副詞の連呼
・第3章 情態副詞
1.情態副詞の範囲
2.オノマトペの特徴
3.オノマトペの表現効果
・第4章 程度副詞
1.「程度の副詞」の実態
2.「数量の副詞」のあいまいさ
3.「時間の副詞」の広がり
・第5章 予告副詞
1.「呼応の副詞」の種類
2.「呼応の副詞」の規範意識
3.「評価の副詞」の考え方
・第6章 検討副詞
1.「認定の副詞」と話し言葉との相性
2.「限定の副詞」と取りだす感覚
3.「発話の副詞」
・第7章 副詞と印象
1.類義副詞の使い分け
2.誤用の副詞
3.心に響く副詞
・第8章 副詞と配慮
1.心遣いの副詞
2.ハラスメントにつながる副詞
・第9章 副詞と文体
1.話し言葉と書き言葉
2.副詞と俗語
・第10章 副詞と社会
1.異次元の副詞
2.政治の副詞
3.方言と副詞
・第11章 副詞と世代
1.副詞の意味の変化
2.時代を映す副詞
・おわりに
・参考文献
目次に続く2ページで、著者は曖昧模糊とした副詞の世界を明解に整理しています。Wikiの定義とは違いますが、副詞の分類と役割が理解しやすくなっています。
《属性副詞》動詞・形容詞のそばにおき、How(どう)を詳しく語る
・情態副詞…イメージ副詞:動詞に添え、出来事の様子を詳しく示す。動詞だけでは伝えきれないイメージを、視覚的・感覚的に伝えられる。「様態の副詞」「結果の副詞」がある
・程度副詞…メジャー(定規)副詞:用言に添え、量的尺度を示す。「程度の副詞」「数量の副詞」「頻度の副詞」「時間の副詞」がある
《陳述副詞》話しはじめに置き、あとに続く内容に枠をはめる
・予告副詞…ナビ副詞:これから話すことを先回りして示す。「呼応の副詞」「評価の副詞」がある
・検討副詞…モニタリング副詞:物事の見方・考え方・言い方を示す。「認定の副詞」「限定の副詞」「発話の副詞」がある
文法の話になるのでどうしても固くなりがちですが、著者は「イメージ副詞」「ナビ副詞」などの表現で少しでも読者に馴染みやすくしようと努力していることがうかがえます。
「はじめに」で著者は「副詞は素の自分が出てしまうところ」であると言っています。素の自分が出てしまうので、よい面が出れば魅力となり、悪い面が出てしまうと欠点になります。だから副詞を学ぶ価値があるというわけです。
「おわりに」ではもう少し突っ込んでいます。
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本書をお読みになったみなさまは、副詞の重要な役割が「話し手の気持ちを伝える」ところにあることにお気づきになったでしょう。副詞の力は強力で、話し手の背後にある人間性や、話し手が隠していたかったはずの本音まで、聞き手に自然に伝えてしまう力を備えています。
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聞き手はどんな副詞が使われたか、選ばれた副詞に過敏に反応します。選ばれた副詞を見て心がほっこりすることもあれば、深く傷つくこともあります。副詞はいわば薬です。適切に使えば症状を抑え、治療に役立つ高い効果があるのですが、使い方を誤ると、かえって症状が悪化したり、副作用が出たりするのです。
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副詞という日陰者が、じつはとっても大事な品詞であること。その使い方一つで、文章が輝くことも炎上することもあること。そして、日常のありふれた言葉のなかにこそ、言葉の持つ不思議な力と魅力が潜んでいることにお気づきいただければ、筆者としてこれほどの喜びはありません。
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「参考文献」は通常、書籍や論文タイトルの羅列で、見ていても面白いものではないのですが、本書に限っては興味深いものが並んでいました。抜き出してみます。
「『普通にかわいい』考」
「オノマトペの使用実態とその問題点――オノマトペはビジネス文書に不要?」
「『やはり』論の問題点」
「新規副詞『ワンチャン』の成立と拡大」
「副詞的要素“ほぼほぼ”について」
「副詞『なんか』の意味と韻律」
「『方言コスプレ』の時代――ニセ関西弁から龍馬語まで」
「程度副詞『けっこう』の成立と展開」
「スポーツオノマトペ――なぜ一流選手は『声』を出すのか」
「オノマトペロリ――味覚や食感を表すオノマトペによる料理レシピのランキング」
では本書の内容に入ります。最初に出てくるのは「情態副詞」です。動詞とセットで使われ、動詞を修飾して動作の様子を詳しく描写するものですが、その中には様態を表すものと結果を表すものの2種類があります。
・川がゆっくり流れる
・道をまっすぐ歩く
・パンをおいしく焼く
・部屋をきれいに片づける
どれも情態副詞が使われていますが、「ゆっくり」と「まっすぐ」は様態を表しているのに対して、「おいしく」と「きれいに」は結果を表しています。
次が「程度副詞」です。形容詞などに添えられて量的尺度を示します。
・日本記録よりも{かなり/やや/多少}遅いペースで走る
・敬語の使い方が{かなり/やや/多少}気になる
・芥川龍之介全集を{すべて/たくさん/半分}読んだ
・定期テストが近くなると、近所の図書館に{よく/ときどき/たまに}行く
前の2つが「程度の副詞」、3つめが「数量の副詞」、最後が「頻度の副詞」として分類されます。
続いて「予告副詞」です。これは言いたいことを先回りして表現するものです。
・説明書のとおりにやってみても、ぜんぜんうまくいかない
・いったいどうすればうまくいくのだろうか
・幸運にも、憧れのアイドルを間近で見ることができた
・残念ながら、これを食べたら確実にやせるという食品はない
前の2例にある「ぜんぜん」と「いったい」は「予告副詞」の中の「呼応の副詞」で、文末の述語と対応します。後の2例は「評価の副詞」と呼ばれて文全体の内容と対応します。
その次は「検討副詞」です。これは頭の中で検討した、物事の見方・考え方・言い方を示すものです。
・たしかに、ストレスが溜まると、甘いものに手が伸びがちである
・やっぱり、スポーツは見ているだけでは面白さがわからない
・冬は温かい食べ物が恋しくなる。とくに鍋
・正直、家族4人で月4万円の食費はしんどい
前2例は「認定の副詞」、3番目は「限定の副詞」、最後は「発話の副詞」としてさらに分類されています。
ここで著者は日本語が「玉ねぎ構造」になっていることを示します。次の文がその例です。
・残念ながら、たぶん、チケットはかなり早く売り切れたんじゃないかなあ
この文には「残念ながら」「たぶん」「かなり」「早く」の4つの副詞が使われて、「チケットは売り切れた」という命題を修飾しています。本書ではその構造を詳しく解説していますが、ここでは省略します。
そして副詞の5つの性質が揚げられます。
(1)描写性:出来事をリアルに写し取る
(2)程度性:物事の捉え方に物差しを当てる
(3)予告性:内容を先回りして表現する
(4)評価性:事態に話し手の評価を込める
(5)期待性:自らの基準とのズレを語る
どれも副詞の重要な機能なのですが、著者は特に「期待性」に注目しています。というのは、日本語で名詞と動詞だけで物事を語ろうとすると、どうしても客観的な描写になりがちだからです。そこに副詞を加えると、気持ちを伝えるのに高い効果が得られます。
・あなたは私の気持ちを、わかってくれない
・あなたは私の気持ちを、ちっともわかってくれない
副詞が入ることで情報量そのものは増えませんが、話し手の気持ちが伝わりやすくなります。この文例では、話し手が「少しは自分の気持ちをわかってくれるはず」という淡い期待を完全に裏切られたことが示されています。
・激しい雨の中、駅まで迎えに来てくれてありがとう
・激しい雨の中、わざわざ駅まで迎えに来てくれてありがとう
「わざわざ」を加えたほうが、感謝の気持ちがより伝わることが明らかです。「わざわざ」に「手間を惜しまずに」という意味が込められているからです。
逆に、余計な副詞を入れることで炎上するケースもあります。
・「お子さんやお孫さんにぜひ、子どもを最低3人くらい産むようにお願いしてもらいたい」
・「結婚しなくていいという女性がみるみる増えちゃった」
これは2019年5月にある衆議院議員が発言した例です。「最低」と「みるみる」が発言者の価値観を露呈させてしまい、世論の大きな反発を招きました。著者がタイトルに込めた意味がよくわかる例です。
副詞は話し手の先入観を反映します。話し手が「これが普通」と考えているものの見方、物事の基準から使う副詞が選ばれますから、聞き手はそれを瞬時に分析することが可能になります。本書を熟読することで、ふだん無意識に使っている副詞を吟味するようになれば、自然とコミュニケーション能力が向上するはずです。
コンパクトな新書なのですが、ものすごく濃い内容なので、まず買って損をすることはないはずです。ちなみに、ここまで紹介したのは本書の10%にすぎないことをお断りしておきます。あとは買ってのお楽しみです。