版元のすばる舎は1989年創業と比較的若い出版社です。ホームページを見てみると、38名の従業員全員の名字とイラストがあって、好感が持てます。編集部13名、営業部14名という人員配置から、作るだけで売りっぱなしの出版社ではない印象です。
会社案内にある徳留慶太郎社長の「ご挨拶」には、「弊社では『できません』という言葉は禁句です」とあります。考え抜いて導き出したものをシンプルな言葉でわかりやすく表現することで、既成概念にとらわれない新しい本ができると信じているそうです。逆風の吹き荒れる出版界にあって、期待の持てそうな言葉です。
さて本書ですが、表紙には著者の肩書が「経営数字コンサルタント」とあります。なんだか耳慣れない肩書ですが、巻末の著者略歴には「Sophia Bliss株式会社最高執行責任者COO。北海道東川町CFO」と表記されています。
北海道大学を卒業後、総合商社に入社したものの、財務担当として香港に駐在中に、金利3000%というアジア通貨危機に遭遇し、あわや会社に甚大な損害を与えそうになります。
その時に、「自分には世界に通用する能力がない」と自覚し、帰国後に米国公認会計士試験に合格。それを武器にアクセンチュアに転職しますが、ここでも自分に足りないものを痛感します。
何とかそれを乗り越えて、20代で日本の財務統括に就任。その後、GEグループでアナリスト、経理部長、アジア太平洋地区事業部CFOを歴任します。
そして2015年に初めて訪れた北海道東川町に一目惚れして移住を決意し、スキル・経験・人脈ゼロながらも「シンプルな数字で話す」という磨きあげた自分の武器で地域に「稼ぐ力」を実現。町のCFOとして商店街活性化、国際化、起業支援を推進しています。
通常ですと、このあたりで目次を紹介してから本文に入っていくのですが、今回はその前に、本書の前半に載っている「チェックリスト」をご紹介します。これで自分がいつもどのくらい「数字で話しているか」がわかるというものです。
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「数字で話す」チェックリスト
【いつ】
1.1週間の予定を話すとき
a)「これは急ぎ、あれは時間があったら、それから、えーと」
b)「月曜の3時にAさん訪問、木曜日の5時までに資料提出します」
2.ランチがおいしかったとき
a)「おいしかった。また今度来ます」
b)「おいしかった。来週の土曜に家族と一緒に来ます」
3.「今日何時に仕事が終わる?」と聞かれたら
a)「なるべく早めに終わるつもりです」
b)「今日は6時までに終わります」
4.仕事を頼むとき
a)「時間があるときにやっておいて」
b)「明日の午前11時までにお願いします」
5.仕事を頼まれたとき
a)「了解です。がんばります」
b)「今日の17時に提出でよろしいでしょうか」
6.約束通り仕事が終わらなかったとき
a)「すみません、大至急終わらせます」
b)「申し訳ありません。遅くてもあと30分で提出します」
7.上司や同僚に相談したいとき
a)「ちょっと、相談があるのですが」
b)「5分だけ、時間をいただけますか?」
8.社長にエレベーターでばったり。「最近、どう?」と聞かれたら
a)「いや~忙しいですね。まあなんとかがんばっています」
b)「おかげさまで好調です。今週15分ほど報告の時間をいただけますか?」
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【いくら】
9.今何円持っているか聞かれたとき
a)「いや、あんまり持ってないですけど」
b)「2万5千円ほど持っています」
10.買い物や仕事を見積もりするとき
a)「いい感じでおさまりそうです」
b)「合計は30万円、高く見積もっても35万円です」
11.相手に予算を伝えるとき
a)「おまかせします。いい感じで見積もってください」
b)「予算は50万円プラスマイナス3万円でお願いします」
12.自分の仕事の目標を話すとき
a)「今年は精一杯ベストを尽くして、会社に貢献します」
b)「今年の目標は、昨年より20%成約件数を上げることです」
13.話の大事なポイントは?
a)「これは、すごく大事です……。そうそう、これも大事なんですが」
b)「大事なポイントは3つあります。まず1つ目は……」
14.いくつ必要ですか? と聞かれたら
a)「適当に、ちょうどいい感じで」
b)「3つ必要です」
15.会議資料を頼まれたら
a)「了解です。いい感じでやっておきます」
b)「12ページくらいのページ数でいいですか?」
16.クラウドファンディングを始めるとき
a)「お金が足りない、クラファンだ! とにかく多くのお金を集めよう」
b)「クラウドファンディングで、50万円集めましょう」
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【何%】
17.「明日の天気は?」と聞かれたら
a)「雨が降りそうですね。帰りに雨が降ったらイヤだな」
b)「午後3時から降水確率60%なので傘が必要です」
18.「昨日の仕事はどうだった?」と聞かれたら
a)「バッチリです!」
b)「90点でした。夕方のアポ取りができたら100点でした」
19.仕事の計画や、将来の話をするとき
a)「いけそうです。みんな必死にがんばっています」
b)「実現する可能性は75%です。あなたが手伝ってくれたら95%成功します」
20.「この新製品どうなの?」と聞かれて
a)「大人気です。絶対オススメです」
b)「前の製品と比べ、30%スピードアップしています」
21.「お客さんの反応は?」と聞かれて
a)「バッチリです。めちゃめちゃ感動してくれました」
b)「350人にアンケートをして、90%の満足度でした」
22.人事評価を伝えるとき
a)「あともうちょっとがんばれば、評価Aもいける気がする」
b)「同期の中で上位10%の成績を残せば、評価Aだ」
23.来年の目標を話し合うとき
a)「来年も一生懸命がんばります」
b)「来年は今年より20%増を達成します」
24.安さを強調したいとき
a)「すごくお安くなっています」
b)「定価の30%引きです」
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すべての質問に答えた後で、【いつ】【いくら】【何%】それぞれのaとbの数をまとめ、合計の数字も出しておきます。bの合計に対して著者が判定しています。
0~4:「数字で話す」伸びしろ100%
5~9:ときどき「数字で話す」初心者
10~14:実はけっこう「数字で話す」中級者
15~19:かなり「数字で話す」上級者
20~24:常に「数字で話す」達人
【いつ】でbが多かった人は時間管理やスケジュール管理に強く、瞬発力または持久力、生産性に強みがあります。逆に少なかった人は遅刻・残業が多かったり、締切に間に合わない傾向があります。
【いくら】でbが多かった人は、予算管理や値段交渉力に強く、具体性に強みがあります。逆に少なかった人は安売りしすぎたり、値付けが髙過ぎて売れなかったり、必要なものが余ったり足りなかったりする傾向があります。
【何%】でbが多かった人は、リスク管理や危機対応力に強く、柔軟性に強みがあります。逆に少なかった人は不測の事態に対応できなかったり、当たり外れが多かったりする傾向があります。
それではここで、本書の目次を紹介しましょう。
・はじめに
・第1章 できる人は数字で話す
・第2章 数字で話すシンプルなコツ
・「数字で話す」チェックリスト
・第3章 数字で話し、社内で信頼を得る
・第4章 数字で話し、ビジネスチャンスをモノにする
・第5章 ワンランク上の「数字で話す」で、さらに一歩先へ
・おわりに
先ほど紹介したチェックリストが巻頭ではなく第2章にあるところが特徴的です。通常では「はじめに」のすぐ後にあるものですが、おそらく第1章がイントロダクション的な内容なので、そのような構成にしたのでしょう。
「はじめに」で著者は「数字こそが世界の共通言語である」と言っています。「え? 世界の共通言語は英語じゃないの?」と思うかもしれませんが、スペインやフランス、ロシア、チェコ、タイ、ラオス、台湾では英語が通じませんし、日本だってどこでも英語が通じるわけじゃありませんよね。
しかし数字はどこでも通じます。「1+1=2」でない国は地球上どこにもないのですから。だから数字を使ってうまく話すことが大事だと著者は言うのです。
著者は「はじめに」の最後に、こう語りかけています。
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ゴールとアクションをはっきりさせ、最高の仲間を巻き込む。自分自身も責任を持ってやり抜く。それに見合う評価を得て、最高の成果を出す。そんな理想的なビジネスライフを送ることができるのが、「数字でうまく話す」人なのです。
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ではなぜ世の中に数字で話さない人が多いのでしょうか。それについて著者は、「昔は数字で話さなくてもなんとかなった」と言います。これまでの日本社会は時間をかけて人間関係を作ってきたので、相手の気持ちを察したり、空気が読める「共通言語」が自然にできていたからです。曖昧な言葉であっても、空気を読むことで行間を埋めることができました。
しかし次第に世の中が変わり、特にコロナ以降は激変しました。会ったことのない人とリモートやメールで仕事をしなければならなくなり、曖昧な言葉は成果に繋がらなくなりました。そのため短時間で相手に伝わり、相手を動かし、成果を出すスキルが必要になったのです。そのスキルの中で最も簡単なのが、「数字で話す」ということです。
世の中全体が「数字で話す」コミュニケーションを標準としてくると、曖昧な「気合い」や「根性」では成果が出せなくなります。それどころか、「古いビジネススキルで生きている人」と白眼視されかねません。だからこそ、本書を読んで「数字で話す」スキルを身につける必要があるわけです。
著者は「数字で話さない人は年収の半分を失っている」と言います。数字で話さないために「伝わらない」「イメージを共有できない」「聞いてもらえない」「予想ができない」「行動を起こせない」「ムダが減らない」「成果が測れない」「比較ができない」「上司から上に伝わらない」という9つの「ない」が努力を台無しにするからです。
著者はGEグループに勤務していた時、世界中の人たちが参加するプロジェクトを仕切ったことがあります。その時に気をつけていたのは、「期日・予算・リスク」を数字で示しながらメンバーを巻き込んでいくことでした。その結果、何回も不可能と思われたミッションを成功に導くことができました。
本書には「数字で話す」いくつかのサンプルがあります。そのひとつは、「焼きピロシキで世界の1億人を笑顔に」という函館市の小さなお店のキャッチコピーです。
シンプルな数字はイメージしやすく、心に残るそうです。特に「1」や「100」がイメージしやすく、パワフルで人を動かすといいます。
そして初心者ほどいろいろな数字を使って話そうとしますが、著者は始めのうちは「いつ・いくら・何%」だけを押さえればいいと指導しています。この3つがあれば、相手は「動く」か「動かない」かを選べるからです。
数字を使わないコミュニケーションでは、「ちょっと」や「なるべく早く」が多用されます。しかしこれらは仕事の邪魔でしかありません。また、「いくら」を示さずに話を進めるのは危険です。
「数字が間違っていたらどうしよう」と心配な人は、%を使えばいいと著者は言います。正確でなくても%を使って話せば、相手との間に共通認識が生まれ、成功の可能性が上がります。そして、予想と違う結果が出た時に理由を考えることができ、次に話す精度が上がります。
まだまだ内容は尽きないのですが、こちらの紙幅が尽きました。興味があったら、ぜひ一読してみてください。