「つぶれる」という表現はなかなか厳しいものがあったらしく、著者と出版社の間で「もう少しマイルドな表現にできないか」「いや、これでいく」というやりとりがあったそうです。著者は「消える」「なくなる」では、必死で働きながらも閉店のやむなきに至った書店経営者のやるせない気持ちが表現できないとして、「つぶれる」にこだわったと記しています。
このメルマガをお読みのみなさんの多くは小売店経営者であろうかと思いますが、同じ小売業でも、書店業界のことはあまりご存じではないと思います。ざっと説明しておくと、書店業界には次のような特徴があります。
(1)商品価格は再販制度のため自由に決められない
(2)仕入れは取次店からの搬入にほぼ依存するので自由にできない
(3)小売業界で最低クラスの粗利(22%前後)
(4)期間内なら返品できるが手間と労力が大変
(5)粗利率が低いため万引き被害は致命的
(6)取次店からのパターン配本で本を並べるため、金太郎飴的店舗になりがち
(7)かつては外商で30%ほど稼げたが今は困難
(8)兼業店舗に活路を求めたが兼業アイテムが安定しない
(9)儲からないので後継者を希望する人材が乏しい
「再販制度」というのは、メーカー(この業界では出版社)が決めた価格で小売りしなければならないというもので、書店を開業する場合はこれを守るとした契約書を取次店や出版社と交わします。それをしないと新刊書の販売がほぼできません。
仕入れですが、書店の店頭には毎日早朝に取次店のトラックが来て、シャッターの開いてない店先にダンボールを積んで行ったり、店の裏口から通路にダンボールを置いて行ったりします。店員は朝出勤すると、それを開梱して棚に並べるのが最初の仕事です。
しかし、その運ばれてきた本の大半が、その書店が注文したものではありません。見計らい配本といって、取次店が勝手に新刊書を送りつけてくるのです。もちろんその書店が注文したアイテムもありますが、注文した数量が満たされていることは稀です。
書店の粗利22%というのは、先進国の中で格段に低く、アメリカの約半分です。それが日本の本が世界の水準より安く売られている理由のひとつになっています。それを正当化するために出版社や取次店は、「返品できるのだから、発注リスクがなくていいだろう。本は廃棄ロスもほとんどないし、何もしなくても新刊書が毎日届けられるのだから、それを売るだけの楽な商売だ」と言います。
ですが、返品作業は楽な仕事ではありません。1冊1冊、本のスリップ(短冊とも言います。本に挟まっている栞のような伝票です)を見て、返品期限が近くないかを確認し、動きが悪い本を選んで棚から外していかなければなりません。それを伝票に記帳して、箱詰めして送る準備をする必要があります。
そして22%の粗利なので、万引きをくらうと5冊分の売上が飛んでしまいます。しかも、万引き犯は写真集など高額書ばかり狙いますから、1冊やられると文庫を数十冊売らないと穴が埋められません。組織的な万引きグループに狙われたりすると、倒産の危機になります。
独自仕入れが難しいということは、同じエリアにある同規模の書店の棚が同じような風景となる結果につながります。取次店は客層や店の規模をもとにパターン配本をするためにそうなるのです。すると、差別化が非常に困難になります。熱心な書店が店内POPなどに力を入れるのは、少しでも差別化しようという涙ぐましい努力の結果です。
そうした苦しい状況を少しでも上向けようとして、かつては外商に力を入れる書店が多くありました。学校や企業、よく本を買う家庭を回り、新刊を薦めたり注文を取ったり、頼まれた本を届けたりしたものです。それが店の売り上げの30%に達する書店も少なくありませんでした。百科事典や全集本は、そうした営業努力でよく売れました。
しかし、本の値段が上がらないのに人件費や燃料費が高騰し、外商が難しくなりました。共稼ぎ世帯が増えて集金や納品が難しくなったことも背景にあります。特にアマゾンをはじめとするネット書店の台頭が致命的でした。
兼業書店という業態は、実はかなり多くあります。コンビニも主従関係は逆ですが一種の兼業書店と見ることができます。一番大規模なのはTSUTAYA書店でしょう。CD・DVDレンタルとの兼業で全国に店舗を増やしました。しかし今や毎月のように閉店のニュースが舞い込みます。書店とペアリングする業態が、書店ほど寿命が長くないのがネックです。昨今ではレンタルスペースやカフェとの兼業が新しいスタイルとして注目されています。
最後の「儲からない」という部分が「本屋がつぶれる」最大の理由です。儲からないために子供や店員に店を継がせることができず、店主の高齢化とともに閉店の道を選ぶというケースが非常に多くなっています。それにより、書店が1軒もない市町村がどんどん増えています。
と、ここまで私の知っている業界情報をまとめて前置きとさせていただきました。
本書はそうした書店業界の現状を過去からの歴史を明らかにしながら分析した1冊です。著者は「本が売れない理由を、かつてはマンガ喫茶やブックオフ、次いでインターネット、今はスマホとしているが、それは正しくない」と言います。本書が中心にしている「町の本屋」はそんな単純な理由ではなく、構造的な問題で危機に瀕したのだというのです。
それを全11章と終章に分けて解説したのが本書です。出版業界は専門用語が多く、他の業界ではなじみのない商取引が多いため、どうしても説明は難しくなります。そのため著者は「どんどん読み飛ばしてもらってかまわない」と言っています。その代わり、各章の最後におかれた「まとめ」だけは読んでほしいということです。
それでは恒例にしたがって目次から紹介していきましょう。
・用語集
・まえがき
・第一章 日本の新刊書店のビジネスモデル
・第二章 日本の出版流通の特徴
・第三章 闘争する「町の本屋」――運賃負担・正味・新規参入者との戦い
・第四章 本の定価販売をめぐる公正取引委員会との攻防
・第五章 外商(外売)
・第六章 兼業書店
・第七章 スタンドと鉄道会社系書店
・第八章 コンビニエンス・ストア
・第九章 書店の多店舗化・大型化
・第十章 図書館、TRC(図書館流通センター)
・第十一章 ネット書店
・終章
・あとがき
・参考文献
最初に「用語集」があるのは、著者ではなく編集部が用意したものだそうです。出版界は、所属するマスコミ界全体にそういう傾向が見られますが、自分たちの内実をあまり表にさらしたがりません。そのため、業界関係者だけに通用する専門用語や商習慣が多数あり、最初に最低限の解説をしておいたほうがいいと編集部が考えたのでしょう。
どんなものがあるかというと、「客注」「指定配本」「正味」「著作物再販制」「取次」「見計らい配本」「公正取引委員会」「独占禁止法」「雑協」「出版協」「書協」「TRC」「鉄道弘済会」「取協」「日書連」「日配」が項目の見出しです。ここで解説すると紙幅が尽きてしまうので、興味のある方は本書またはネットでご確認ください。
「まえがき」の冒頭には、私たちが当たり前に見てきた風景を「いまの10代には想像もつかないだろう」として、次のような描写があります。
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かつて駅前の一等地に書店が必ず存在していた。
駅の売店に雑誌だけでなく、文庫や、文庫よりも一回り大きい新書サイズの小説(ノベルス)やコミックスが並べられていた。
多くの中高生がマンガ雑誌やファッション誌を書店やコンビニで買って読んでいた。
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そして次に、1985年のアンケート結果が紹介されています。大阪の書店組合によるものですが、20代の4人に1人以上が「書店に毎日行く」と答えています。現在の「本好きがわざわざ行く」状況とは雲泥の差です。
出版業界は、1996年の約2兆6,000億円をピークに下降基調にあります。2020年以降は微増していますが、それは電子書籍が伸びてきたからです。紙の本と雑誌だけだと、まもなく1兆円を割り込むでしょう。
「しかし」と著者は言います。出版業界が最盛期を迎えようとしていた1980年代後半から、すでに町の本屋は年間千軒単位でつぶれていたというのです。出版業界が下降基調になるはるか以前から、町の本屋は経営が厳しかったということです。
なぜそうなのか。著者はその原因が出版業界の垂直的な取引関係にあると指摘しています。出版社が本を作り、取次店が流通を支配し、小売店は売るだけという川上から川下の関係が書店にすべてのしわ寄せを押しつける元凶になっているそうです。
実際、日本は書店業界が青息吐息ですが、欧米ではそうなっていません。なぜなら、向こうは粗利が日本の倍あったり、再販制度がないため売れ残りをバーゲン価格で売ったりすることができるからです。
また、日本の本は安いとよく言われますが、それは書店のマージンを抑えているから実現できていることです。出版社は売上を稼ぐための手段として、本の価格を上げることより、部数を増やす方を選びたがります。その結果、書店は売上を増やすためには増売しなければなりません。しかし店は拡張できず棚は限られています。どうするかというと、町の書店はロングセラー商品よりもヒット商品を並べようとします。ヒット商品を並べるスペースを広げ、ロングセラー商品は片隅に追いやられます。多くの書店が同じことをするため、ますます「金太郎飴化」が進みます。
欲しい本を書店で探さずネット書店で注文する人たちが口にするのは、「町の本屋には欲しい本が置いてないし、注文しても届くまで時間がかかる」という文句です。これは、新刊書や雑誌の配本に注力して、顧客からの注文に対応する効率的なシステムを構築するのを怠ってきた業界全体の責任です。
取次店は輸送コストを減らすことを第一に考え、物流システムを運営しました。なるべく効率的に本を届け、できるだけ返品が発生しないようにする。そこに焦点が合っていたため、顧客1人の発注する1冊の本を素早く届けることは二の次にされました。その結果、顧客はあちこちの書店で同じ発注をし、結果として返品が発生しました。
なぜ日本の企業ができなかった「本1冊の翌日配送」をアマゾンが実現できたかというと、アメリカと日本では出版の物流が違っていたからです。アメリカでは単行本と雑誌の物流は完全に分けられて別物でしたが、日本では一緒に配送していました。そのためにバラの本は雑誌の影に隠れてしまっていたのです。
町の本屋が苦しくなったもう一つの背景として、雑誌の凋落があります。雑誌は単行本よりもはるかに強くインターネットの影響を受けました。なぜなら、雑誌は収益の半分を広告で得ていたからです。そのため広告の出稿先が雑誌からインターネットに移ると、たちまち休刊、廃刊する雑誌が増えました。
町の書店は雑誌の売上に経営のかなりの部分を依存していました。いつ出るかわからない単行本と違い、雑誌は定期刊行ですから、熱心な読者は発売日に買いに来ます。それが来店動機となり、ついで買いで他の雑誌や単行本の購入を期待できました。ところが雑誌が減り、コンビニや駅の売店が雑誌販売のライバルになったため、書店経営が苦しくなったわけです。
「第一章のまとめ」をさらにまとめると、次のようになります。
・日本の書店業が昔から苦しいのは、本の価格が安くマージンが低いため
・出版業界では販売店である書店に価格決定権がなく、仕入れも自主的に行えない
・そのため薄利多売か兼業書店になるしかなく、どちらも楽な道ではなかった
以下、同様にして各章のまとめを概観してみましょう。
「第二章のまとめ」はこのような内容です。
・書店と取次の取引条件ではすべての点で書店が不利な条件になっている
・たとえば「委託販売」なのに委託期限よりも先に支払期日がくる
・取次は雑誌で稼いでいるため書籍流通は後回しにされがち
・書店が注文した本が頼んだ数だけ来ることは稀
・仕入れから支払いまで、書店は生殺与奪をすべて取次に握られていた
続いて「第三章のまとめ」にいきましょう。
・戦前の書店業は書店に課せられた制約が安い運賃と人件費に支えられてバランスしていたが、戦後はそのバランスが崩れた
・書店団体は書店負担の軽減と本の定価アップ、マージンの増大を訴え続けてきたが、それらはほとんど実現しなかった。むしろ公正取引委員会から団体としての交渉が独占禁止法に抵触すると警告され、交渉力と求心力を失った
「第四章のまとめ」です。
・1953年に本の定価販売が合法化された
・1970年のオイルショック時に公取は各種業界の値上げに介入したが、本の値上げは認めなかった。そのため三省堂が倒産した
・取次が大手書店への傾斜配本を強めたため、中小書店の金太郎飴化が進んだ
・公取は著作物再販制の見直しをたびたび行ってきたが、本音は「再販はなくしたい」だった。そのため再販制度は次第に骨抜きにされてきた
・定価販売が中小書店を守るためには中小書店が生き残れるような価格とマージンの設定が必要だが、日本ではまったくそうなってこなかった
「第五章のまとめ」はこのようになっています。
・1960年代後半には、外売員1人で月に延べ600世帯が最低ラインという書店の外商が行われていた。だがさまざまな理由により外商はしだいに下火になっていく。それでも地方書店では1970年代に外商が3割、1980年代には2割を占めていた
・外商の衰退によって書店は店の外に本を売る流通チャネルと、出先で顧客と直接情報交換をする機会を失い、衰退への道が加速した
続いて「第六章のまとめ」です。
・利益率の低い書店業では、別の商品・サービスとの兼業を行うのが長きにわたって当たり前の選択肢だった。書店は時代に合わせて兼業商品を変えてきた
・大店法の1973年制定、1979年改正を背景に郊外に大型スーパーが出店し、ロードサイド書店が登場した。1980年にはビデオ・CDレンタルとの兼業で郊外型書店が爆発的に増加する
・町の本屋は1980年代後半から2000年代にかけて年間1,000店規模で閉店。続いて郊外型複合書店がネット視聴の普及によりビジネスモデルが崩壊し、閉店が相次ぐ
第七章は「スタンドと鉄道会社系書店」の話ですが、そのまとめはこうなります。
・1970年代には市中のスタンドや駅の売店での雑誌の早売りによって、町の書店が生命線であった雑誌の需要を食われてしまう。そのため書店団体は「同一地区同時発売」を業者や取次に呑ませた
・鉄道会社は1970年代初頭から系列書店を展開し、町の本屋と衝突した。しかし2010年代以降には採算が合わなくなり、それらも数を大きく減らしていく
第八章の「コンビニエンス・ストア」は次のようにまとめられています。
・1980年代になるとコンビニエンス・ストアが町の書店の脅威となった。コンビニ1店1店は小規模なフランチャイズ・チェーンであるため大店法の規制を受けず、町の本屋の近くにも次々に出店した。その一方でFC全体では大きな購買力を持つため、取次からは好条件で本や雑誌が仕入れられた
・コンビニは雑誌やコミックス、文庫といった回転率の高い商材のみを扱い、町の本屋の売り上げを奪っていった。1992年にはセブンイレブンが売上金額ベースで出版物小売業界のトップに立つ
第九章の「書店の多店舗化・大型化」のまとめはこうなります。
・戦前には「書店は書店組合への加入が必要」「書店を新規出店するには近隣書店の合意が必要」といった組合規定があったが、戦後それらは違法とされた。そのため同一商圏での競争が激化した
・1970年代から大手書店のチェーン店化が始まった。1990年代から大型店舗出店に関する法改正が進み、チェーン書店が経営する「メガ書店」が出現する。大型書店は近隣の中小書店を駆逐していった
第十章の「図書館、TRC(図書館流通センター)」には一般の人が知らない業界の裏話が出てきます。まとめはこんな感じです。
・戦後、GHQの指示により戦前とは異なる新しい図書館が出現した。だが日本が独立を回復すると図書館の予算が削られるようになり、町の本屋よりも図書館のニーズを満たすことのできるTRCが登場した。TRCは町の本屋に代わって図書館への出版物流の中心となった
・日書連はTRCと対抗するために国会議員への陳情を行い、政治問題化させた。だが、図書館から町の本屋への注文は復活しなかった
第十一章は、みなさんが一番興味を持つであろう「ネット書店」です。まとめはこうなっています。
・2000年代に入ると雑誌市場が急落したが、同時にアマゾンに代表されるネット書店が書籍の売り上げを食い始めた。アマゾンは日本の出版物流では収益的に不可能と考えられてきた「個人宅への迅速かつ無料または安価での配達」や、「客が予約した本をほぼ確実に発売日に届けること」を実現した。日本企業はまったく対抗することができなかった
・アマゾンが出版社と直取引する場合のマージンは40%といわれる。これは日本の書店の倍近いが、アメリカではごく当たり前のマージンである
・アマゾンのポイントサービスは定価販売を崩すものだが、公取はこれを問題視しなかった。町の本屋がポイントサービスを導入することは現実的でなく、アマゾンとの差は開く一方となった
最後の終章は、本書全体のまとめになっています。見出し項目だけ列記します。
・書店業の構造を決める4つのファクター
1.出版業界の垂直的な取引関係
1-1.出版社との関係
1-2.取次との関係
2.兼業商品・外商
3.小売間競争
4.法規制
・時代によるうつりかわり
明治~昭和初期(戦前)
1940年代~1950年代
1960年代
1970年代
1980年代~1990年代
2000年代
2010年代
・不易と流行
最後の「あとがき」で、著者は次のように書いています。
***
本屋は死なない、終わらない、消えないと語る人たちはたくさんいる。
本書は希望を描くつもりはない。かといって先がないとも思っていない。いまが絶望的なら、戦後、町の本屋はずっとそうだった。
***
そしてこのように続けます。
***
仮に日本の出版産業がうまく変われずハードクラッシュしても、また誰かが違うしくみを作り出す。寡占取次がなく、定価販売ではない国、それでも市場が堅調な国はいくらでもある。すべての書店、出版業界人を救うシステムはどこにもないし作りようもないが、どんな制度やビジネスモデルであっても、人類は文章を読み、書き、売り、買うことをやめない。
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ぜひ本書をお読みいただき、「自分がこの業界で生きていくなら、どんな手を打つか」を考えてほしいと思います。ご自身が属する業界とは大きく異なる世界だからこそ、思考実験の場としてふさわしいのではないでしょうか。