小さな実践の一歩から
鍵山秀三郎 著 致知出版社
1,260円 (税込)
初版が平成14年なので新刊というわけではないのですが、8月に3刷が出回っているので取り上げることにしました。それに、ちょっと人気が出てはすぐに消えてしまう自己啓発書が多い中で、本書は息の長いロングセラー。その理由は、中身が本物だからです。
著者は有名人なので特にご紹介する必要はないかもしれませんが、イエローハットの創業者にして「掃除運動」の伝道師、そして「日本を美しくする会」の相談役でもあります。
企業研修に取り入れられたり、地域活性化のムーブメントとして有名な「日本を美しくする会」の早朝掃除ですが、これは著者が昭和36年にイエローハットの前身であるローヤルを創業したときからの習慣だそうです。「小さな実践を長く積み重ねる」という意味の「凡事徹底」は、著者の人生訓でもあります。
本書の表紙には、親子3人分とおぼしき靴のイラストがあります。その下には「はきものをそろえる」という言葉が。そして帯には「十年偉大なり。二十年おそるべし。三十年にして歴史なる。」というコピーがあります。著者の顔写真を大きく出して、目立つデザインと刺激的なコピーをまとった「売らんかな精神」丸出しの本が多い中で、この表紙は異彩を放ちます。
目次もずいぶん変わっています。たとえば第1章の一部を挙げてみると、「今なぜ人々の心に余裕がなく、ゆとりがなくなっているのでしょうか」「仕事も人生も、自分に都合のいいことばかりではありません」「不都合なこと、嫌なことは自分を鍛える最大の味方です」「激流の中でも、信念さえしっかりしていればそれに流されることはありません」などと、読者に語りかけるような項目が並んでいます。
そして目次の第3章の部分には、「経営問答」として質問の全文がそのまま掲載されています。たとえば「苦労や挫折の経験の乏しい二代目、三代目の経営者に対して、何かいいアドバイスがあればお願いします」という質問に対して、「ごみ箱の片づけなど、人が嫌がる後始末を自ら買って出て実践しているうちに見えてくるものがあるはずです」という答えが並んでいます。繰り返しますが、これは本文ではなく、「目次」なのです。
目次の最後となる「質問9」は、こんな内容です。「お弁当業をやっています。大変な仕事なので若い人は嫌がります。なんとか社員さんにとってやり甲斐のあるお弁当屋さんになりたいと思い続けているのですが、私にできることは何なのか教えてください」。それに対する答えは、「質の違う競争を経営者が見つけ出して、闇の中に一筋の光明を与えていく、それが経営者の使命ではないかと思います」です。
本書には「まえがき」も「あとがき」もありません。208ページすべてが「本文」になっており、目次から本文の最後まで、読者は著者からの優しい語りかけを、まるで心のシャワーのように浴びることになります。決して押しつけがましくなく、それでいて著者の信念が力強く感じられます。
内容の雰囲気をお伝えするために、小見出しを少し拾ってみましょう。
「社会のためにもなるし、国家のためにもなる。それが志です」
「私からトイレ掃除をとると、あとには何も残りません」
「自分のような人間が多くなったとき、この国はよくなるか、悪くなるか」
「たばこの吸殻一つ拾うたびに、大きな勇気が与えられます」
「だれにでもできる簡単なことを、だれにもできないほど続けてきた」
「本物の志は、自らを感動させ、人の心を明るくさせていきます」
「本当はいつも綱渡りの連続でした。でも私は社員に困っている姿を見せたことはありません」
人生の指針として、また事業経営のバイブルとして、座右に置いておくことをお勧めします。口先だけではない40年の実績から出た言葉が、ひるみがちな心を支えてくれます。
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