老舗の訓(おしえ) 人づくり
鮫島敦 著 岩波アクティブ新書
777円 (税込)
「老舗」は、その存在そのものがひとつのブランドとして確立しています。「長く人々に支持されて商売を続けてきた」という価値観がそこに働くからでしょう。本書はそんな老舗がどのようにして歴史を刻んできたかを、主として「人づくり」の面から解明していこうというものです。
著者は「老舗ジャーナリスト」という変わった肩書きの持ち主。これまでに『宮内庁御用達』『老舗の教え』などの著書を上梓し、セミナー講師としても活躍しています。
第1章に登場するのは、日本最古の企業として名高い「金剛組」。大阪市天王寺区にある建築会社で、創業はなんと西暦578年。聖徳太子が「17条憲法」を発布するより26年も前です。聖徳太子に招かれた3人の工匠が百済からやってきて、四天王寺を建立しますが、その時に生まれたのが金剛組です。
ご自分で事業を営んでおられる方なら、10年、20年と事業を継続することの困難はよくおわかりでしょう。それが金剛組のように1400年という長さになると、苦難の歴史だけで膨大なドラマが語れます。時代のうねりの中で生き残ってこられた秘訣は何か。金剛組の40代めに当たる現社長は「代々伝えてきた家訓のようなものはない」といいます。
しかし、CRMなどという言葉が流行するはるか以前から、金剛組は顧客満足度の追求を経営の柱としてきました。いくら四天王寺の正大工職が約束されている宮大工であっても、顧客に嫌われてしまったらその存在が危うくなるからです。このように、本書ではひとつの老舗に伝わる経営のヒントを少しずつ拾っていきます。
1818年に創業した京都の旅館「柊家」の社長は、次のような言葉を発しました。「守る当主あり、攻める当主あり。その繰り返しが、老舗をつくる」。逆境の時代には堅実な経営で暖簾を守り、時代が急変する時には大胆な経営で新たな地歩を築く。その繰り返しで老舗は歴史を作ってきたという意味です。
京都の昆布商「松前屋」には、ふたつの教えが伝えられています。「原料は昆布ひとつ。堅実に商うことがすべて」と、「自分の分限をわきまえ、家業専一に力以上の無理は慎め」というものです。前者には「手間をかけて本当に良い商品を作り、心を込めて販売する」という商いの基本が、後者には「あれもこれもと欲張って事業を拡大する必要はない。欲を出すと必ず落とし穴にはまる」という経営の基本が語られています。
豊臣秀吉も愛好したといわれる加賀の菊酒。天正年間(1573~1592年)創業の菊姫合資会社はその菊酒を今に伝える老舗ですが、現当主(第17代)は自分を「創業者」と呼びます。「大事なのは自分の代をどう生きるか。極上のこだわりを持ち、酒造りをきわめるには、自分が創業者のつもりでないと」という意気込みからです。米作りから出荷までのすべてを自社で掌握し、吟醸酒の商品化に成功した老舗のパワーは、「創業者のつもり」の経営者が生み出したものでした。
以上、内容のごく一部を紹介しましたが、さらに興味のある方はぜひ本書を手に取ってみてください。経営とは何か、商売の奥義は何かが見えてくる、おすすめの好著です。
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