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生成AIは小売をどう変えるか?

永田洋幸・著/ダイヤモンド社・刊

1,604円(キンドル版・税込)/1,980円(紙版・税込)

著者の永田洋幸氏は、トライアルホールディングス取締役CDOおよびリテイルAI代表取締役CEOという肩書の持ち主です。トライアルホールディングスは流通業のトライアルカンパニーを中核とするグループの持株会社で、トライアルカンパニーはスーパーセンターとディスカウントストアを九州を中心に274店舗展開しています。直近の売上は5,332億円ほどです。

トライアルグループの特徴は、ITの取り入れに力を入れていることで、それはもともとの主力社業がソフトウェア構築やパソコン販売であったことと無縁ではないでしょう。実際に、スマートショッピングカートと呼ばれるレジ作業を省力化する機材は国内107店舗で1万5,000台が稼働しており、世界一の稼働台数であると言われています。

トライアルのスマートショッピングカートでは、プリペイドカードか専用アプリを登録してから付属のスキャナーで顧客が商品のバーコードを読み取ると、専用ゲートでのキャッシュレス決済が可能になります。カートのタブレット画面には、スキャンした商品に合わせたレコメンドが表示されるほか、その場で使用可能なクーポンがあれば表示されます。

店内のリテールAIカメラには小売店での使用に特化したAIエンジンが搭載されており、商品棚の監視や顧客の店内での動線分析が常時行われています。それにより、発注、補充オペレーションが最適化され、顧客が欲しいものを欲しいときに買える快適な売り場が作られています。

店内の随所にデジタルサイネージが導入され、店内全体や売り場単位で同一の音声付き動画や静止画を表示する「フィーバータイム」や、惣菜売り場で作り立て商品の品出しを知らせる「できたて動画」などが表示されています。AIによる個別商品のディスカウント表示も可能になっています。

ここまで紹介すると、本書は日本の最先端小売店の技術自慢話かと思ってしまうかもしれませんが、そうではありません。本書はトライアルグループが何を考えてAIを店舗運営に導入し、失敗し、成功してきたかの実録であるとともに、今話題の生成AIをどのようにビジネスに活用するかの入門書でもあります。

著者は「はじめに」の中で次のように問いかけています。
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コロナ禍ではあらゆる産業がデジタル・トランスフォーメーション(DX)を求められ、DXを実現できなければコロナ禍の時代を乗り越えられないのではないかという“切迫感”さえあったような気もします。では、DXは本当に進んだと言えるのでしょうか。試行錯誤してみたが思ったほど効果がでなかったり、DXのゴールが見えない中で行き詰まったりといったケースも少なくなかったのではないでしょうか。
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「うんうん、それはわが社もそうだ」という声が聞こえてきそうです。実際のところ、コロナ禍で進んだDXは「Zoomなどのリモート会議だけ」というところも多いかもしれません。

そこで著者は次のように続けます。
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そこに来て今、われわれは生成AIという新たなテクノロジーと向き合うこととなりました。DX時代同様に生成AIが新たな切迫材料になったといっても過言ではありません。(中略)幻想ではなく、AIの発展の延長線上にあるシンギュラリティ(技術的特異点)が、産業のみならず、あらゆる生活の場面において起こることは不可避です。そのときになってから動き始めても、「時すでに遅し」なのです。
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そのために著したのが本書であるということです。
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そこで本書では、長年ITと小売の融合を進めてきたトライアルグループのIT部門を率いる筆者が、生成AIをはじめとする新しいテクノロジーに対してどのように向き合い、どのようなプロセスで活用すべきなのかを、われわれがこれまでに試行錯誤してきたこと、目下取り組んでいることなど具体的な事例も示しながら解説しました。流通業に携わる人はもちろん、新しいテクノロジーの導入・活用を志向するすべての人々にとってヒントになれば幸いです。
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ただし、新しいテクノロジーは導入しさえすればすべてが解決する魔法の杖ではありません。そのことについて、著者は次のように注意しています。
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最先端のテクノロジーというものは概して、「すばらしいもの」と手放しで称賛され、それを導入しようとする姿勢を示せば、市場からの評価・注目度も上がるケースが多いと言えます。しかし、テクノロジーをただ導入するだけで、「イノベーションを起こした」と言えるでしょうか。アメリカの経営コンサルタントで「キャズム理論」を唱えたジェフリー・ムーアはこんな指摘をしています。「顧客体験が変わらなければ、産業が変わることはない。顧客体験を変えれば、産業は変わる」
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その事例として、著者は「Amazon Go」を挙げています。鳴り物入りで登場したアマゾンの無人店舗は、未来の小売店の姿としてマスメディアに多く取り上げられましたが、閉店する店舗も多く、苦戦しているようです。

その理由について、著者は「テクノロジードリブン(新たな技術をもとに革新的なビジネスモデルを開発すること)の取り組みが先行し、オペレーションドリブン(店頭など現場の実状に合わせて機器やサービスを設計・運用すること)の考え方がなおざりになっていた」と指摘します。

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そのためトライアルグループでは、新たなテクノロジートレンドを積極的に取り入れつつも、オペレーションドリブンを前提としています。つまり、導入する技術のレベルの高さを追い求めるのではなく、あくまで現場の課題やお客さまの買物体験をどう変えられるか。そこを重視しているのです。生成AIについても具体的な活用領域を設定し動き始めていますが、オペレーションドリブンであることは変わりません。
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それでは、本書の目次を紹介します。
・はじめに
・第1章 生存戦略としての「リテールDX」
われわれは「第四次産業革命」の時代を生きている
サプライチェーンに潜む「43兆円」の非効率
データの価値を最大化するために
「リテールDX」でめざすべき好循環
買物ストレス低減とデータの多様化を両立する
MDの最適化と「コンサインメント」の取り組み
データの進化がマーケティングを強固にする
大量陳列で売れる時代は終わった
「アジャイル型商品開発」の手法
ショッパーマーケティングの重要性
リテールメディアが広告のムダを排除する
「消費」が変われば、「店」も変わる
労働人口減少という不可避の課題
店舗の「完全無人化」は不可能ではない
「近くておいしい」完全無人店舗
発注は本当に小売の仕事なのか?
GAFAMにもできない、非計画購買の“解明”
生成AIは流通業の救世主かもしれない
「商売のノウハウ」を生成AIで継承する
DX人材に求められるスキルとは
何もしないことは衰退でしかない

・第2章 新しいテクノロジーとの向き合い方
「ハイプ・サイクル」
スマートに失敗しよう
トライアルでの失敗事例(1) 基幹システム刷新とカメラ画像処理システム
トライアルでの失敗事例(2) 店舗運営ノウハウのAI化プロジェクト
技術開発はあくまでも「手段」でしかない
ChatGPTも「幻滅期」に?

・第3章 生成AI活用の道筋
大規模言語モデルとは何か
「ゼロショット学習」と「フューショット学習」
「スケーリング則」を理解することの重要性
大規模言語モデル開発は資本力がモノを言う
「基盤モデル」に期待される3つの特徴
基盤モデルの注意点――「破滅的忘却」と「汚染」
トポロジカルデータ分析(TDA)とKLダイバージェンス
基盤モデルの活用事例(1) 「e3SMART」
基盤モデルの活用事例(2) 「TRIAL Culture GPT」
基盤モデルの活用事例(3) 「BN-GPT」
基盤モデルの活用事例(4) 「SO-GPT」
既存の生成AIの活用
オペレーションドリブンが不可欠である理由

・第4章 「ナッジ」の重要性
人間の限界を補う「ナッジ」
ナッジの研究が購買体験に変容をもたらす
AIとナッジと行動
ナッジのデザインが組織を強くする
「思考の連鎖」と「思考の樹」
AIのナッジを中心にタスクが回る世界
ナッジ生成のプロセス
ナッジは企業の「無形資産」を生み出す
ジョブ・クラフティングと生成AI
「タスクの自動化」は従業員の自信につながる
「DX基盤」をつくることの意義
デジタル・ナッジングとデジタル・パースエイジョン

・第5章 DX実現に欠かせないエコシステム
とはいえ存在する、DX投資への抵抗
組織全体が技術の価値を理解しなければならない
テクノロジードリブンの限界点
「オペレーションドリブン組織」をどう形成するか
「エコシステム」の形成がDXに欠かせない理由
福岡につくり出した「日本版シリコンバレー」
変革の波を起こす当事者になるために
・おわりに――すべてが「不可避」になる世界

第1章と第2章、第5章は流通ビジネスに携わる小売、メーカー、卸などの企業に勤める人にぜひ読んでほしい内容だそうです。第3章と第4章は生成AIについてある程度の知識を持っている人向けの内容となっています。

今回、目次をかなり詳しく載せたのは、キーワードを見てこの本を読むかどうかを決定してもらいたいからです。気になる言葉が5つ以上出てきたら、読んだほうがいいでしょう。

以下、私が本書の電子書籍版を読了して、マーカーを付けた部分をご紹介します。まず第1章から。

「現在進行中であるのが、『第四次産業革命』です。これは、物理的な世界とデジタルな世界が融合するという特徴を持ちます。AI、ビッグデータ、IoT(モノのインターネット)、ロボット技術、ブロックチェーンなどの新技術が中心的な役割を果たしています」

「われわれ流通業がDXに真剣に取り組まないといけない理由はもう1つあります。それは、メーカーから卸、小売、そして消費者に至るまでに構成されるサプライチェーン上に、トライアルグループ独自の試算で、約43兆円のコストが存在しているという事実です。そして、その中に潜んでいる非効率なコスト(ムダ・ムラ・ムリ)を、『最適化できるのにできていない』という現状に、筆者は強い危機感を覚えています」

「『顧客データ』を蓄積できるのは小売業です。メーカーは消費者との直接的な接点が少なく、販売データは『(卸への)出荷数』でしか把握できず、その先の小売店舗でどれだけの数がどのようなユーザーに渡っているかというデータは取得できません」

「それだけ、小売の現場で取得できるデータは、価値の源泉なのです。ただし気を付けたいのは、データを“共有するだけ”では意味がないということです。データを共有した先に、サプライチェーンの仕組みそのものが変わらなければ、データに真の価値は生まれません」

「つまり、『いかに多くの商品を売るか』ではなく、『集めたデータからいかに付加価値を生みだすか』を重視し、それ自体を収益の柱にするということです。流通業のビジネスモデルそのものにイノベーションを起こす。これがリテールDXの真髄なのです」

「『非計画購買』に対してもリテールメディアは効果を発揮します。非計画購買とは、あらかじめ買う予定のない商品を『つい手に取ってしまう』という購買パターンのことですが、すべての購買行動の実に8割ほどが、非計画購買によるものだとされています」

「完全無人店舗が世の中に浸透した暁には、コモディティ商材に関しては『リアル店舗で買うこと』の必然性はなくなり、その購買行動のほとんどがECに取って代わることになると想像しています」

引用を続けるとそれだけで終わってしまうので、ここで一気に第4章に飛びます。第4章では人間の限界を補う「ナッジ」という手法が紹介されます。ナッジとは誰かに目的の行動を取ってもらうために「穏やかに促す」ことを言います。人々がより良い選択をするために軽くプッシュするというものです。

たとえば、学校で先生に指名されているのにぼーっとしている同級生に気づかせるため、肘で軽く小突くような行動がナッジです。これは心理学と経済学が融合した行動科学に基づいた手法で、経済合理性のみからは生まれないものです。

著者は生成AIの活用でナッジを適切に利用できると考えています。ナッジを対顧客だけでなく、対スタッフなどビジネス全般に活用して仕事を活性化していこうというものです。そして、その先にあるものは「ナッジが企業の無形資産を生み出す」という考え方です。

著者は「真のイノベーションを生みだすには、新たなエコシステムが必要」と考えています。アメリカのシリコンバレーのように、異なる企業や産業、教育機関が連携し、相互依存的な関係が構築された新しい価値創造の仕組みが必要だというのです。

そのために、トライアルグループでは福岡県の宮若市で「リテールDXタウン宮若」というイノベーションエコシステムを形成しています。これは宮若市の協力の下で3つの研究開発拠点を設置するものです。

そのひとつは旧宮田西中学校の校舎をリノベーションした「TRIAL IoT LAB」です。最先端のIoT技術の開発、高度化を図る場所で、デバイス開発センターの機能を備えています。トライアルグループと取引のあるメーカーや卸のエンジニアメンバーを招聘し、スマートショッピングカートなどリテールの技術革新を進める拠点になります。

次が「MUSUBU AI」という旧吉川小学校の校舎をリノベーションしたAI領域の拠点です。サテライトオフィスやプロジェクトルームを備えて世界中と距離の障壁なく研究開発ができるように設計されています。ゆくゆくは教育機関と連携して将来のAI人材を育成する施設としても活用されます。

最後が「MEDIA BASE」という旧笠松小学校の校舎をリノベーションしたコンテンツ作成・情報発信を行う場所です。ショッパー・マーケティング実践のために、店頭のデジタルサイネージやSNSの内容がここで研究されていきます。

本文の文末で、著者は次のように記しています。
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たとえば、自動運転の技術が飛躍的に進化しています。(中略)これはただ「車の技術が進化して便利になった」という話では終わりません。自動運転が当たり前になったとき、タクシーやバスの運転手の役割はどう変わるでしょうか。自動車保険の内容は今のままで良いでしょうか。駐車場も「自動駐車機能」を前提に設計しなおさなければならないかもしれません。第四次産業革命で生まれた自動運転というイノベーションは、車にまつわる産業全体に、変化を迫ることになったのです。
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流通業も同様に、本書で論じた生成AIをはじめとする破壊的イノベーションによって、大きな変革の波が押し寄せてくることは想像に難くありません。われわれは宮若という地を拠点に、イノベーションを起こす“当事者”になることをめざしています。
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ページをめくった「おわりに」では、著者が本書で一番言いたかったことが書かれています。
「デジタル変革に伴うあらゆる変化はInevitable(不可避)である。やらなければ、何も進まない」

本書はスーパーストア、ディスカウントストアを舞台にした小売業のイノベーションについて語られたものですが、そのエッセンスの部分はECに取り入れることが可能と思われます。

むしろ、小回りが利き、トップの考えが末端まで反映されやすいECのほうが、よりDXを徹底させやすいとも考えられます。

本書には具体的に生成AIをどのようにビジネスに組み込むかについては書かれていませんが、そのノウハウの部分は読者が独自に研究・開発するべきものでしょう。生成AIにその方法を尋ねてみても答えが得られるかもしれません。

生成AIが単なる知的ツールではなく、ビジネスを変革させる起爆剤になり得ることを教えてくれる、有意義な1冊です。


 

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