はじめに、アマゾンの本書のベージに掲出されている版元の広告からいくつかコピーを拾ってみましょう。
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世界を変えた生成AIChatGPTを生んだ起業家、その「戦略」「思考」「未来」をついに明かす!
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世界初 本人に独占取材
最新ベストセラー日本上陸
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サム・アルトマンとは何者なのか?
ウォールストリート・ジャーナルのトップ記者が、本人をはじめ重要関係者に250回以上の徹底取材!
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・わずか9年で「企業価値74兆円」に達しトヨタを抜いた「OpenAI」創業者
・公開3年で「ユーザー7億人」を突破した生成AI「ChatGPT」の生みの親
・スティーブ・ジョブズが認め、イーロン・マスクが嫌悪する「恐るべき才能」
・「敵」を「味方」に変える逸人
・「超知能」「核融合エネルギー」「寿命延長」へのあくなき野心
・どんな世界を作ろうとしているのか?
・そして「裏の顔」も――
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ピーター・ティール(ペイパル創業者/アルトマンのメンター)
「サム・アルトマンは“救世主”のような存在として扱われるべきだ」
スティーブ・ジョブズ(アップル創業者)
「クールだ」
ポール・グレアム(Yコンビネータ創業者/アルトマンのメンター)
「サムは“権力”を手に入れるのがものすごくうまい」
イーロン・マスク(テスラ創業者/OpenAI共同創業者)
「私はサム・アルトマンを信用していない。そして、信用できない人物が世界最強のAIを支配すべきではない」
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いきなり引用ばかりで申しわけありませんが、この出版社によるインパクトのある広告が、本書の魅力を端的に表していると思ったので、紹介しました。出版広告では著名人の本に対する発言はたいてい褒め称えているものばかりというのが相場ですが、最後のイーロン・マスクは強烈でしたね。でも、それが本書に対する興味を増すスパイスになっていると思います。
本書の著者であるキーチ・ヘイギーは、「ウォールストリート・ジャーナル」の記者です。フェイスブック(現メタ)社内の内部告発をスクープした「ウォールストリート・ジャーナル」の特集「The Facebook Files」チームの一員として、名だたるジャーナリズム賞を受賞しています。そしてグーグルの広告技術に関する調査報道で、世界最大の経済ジャーナリスト協会SABEWから表彰されてもいます。本書は2冊目の単著ですが、主人公の知名度もあって、世界各国でベストセラーになっています。
本書の版元であるNewsPicksは、日本のソーシャル型オンライン経済メディア、ニュースサイトで、2015年の創業です。国内外90以上のメディアから経済ニュースを配信するほか、オリジナル記事の配信もしています。
ニュースを各業界の著名人や有識者がつけたコメントとともに読むことができるのが特徴で、2015年度満足度No.1ニュースアプリに選ばれています。無料を含めたユーザー数は約470万人で、2019年よりNewsPicksパブリッシング名義で出版業を開始しており、本書はその1冊です。
あらためて紹介する必要はないかもしれませんが、念のために書いておくと、本書の主人公であるサム・アルトマンは米国の起業家兼投資家でプログラマー。OpenAIの最高経営責任者で、Yコンビネータの元代表です。
ユダヤ人の家系に生まれ、母親は皮膚科医をしていました。8歳の時に初めてコンピューターを買い与えられ、スタンフォード大学を中退するまではコンピューターサイエンスを学んでいます。2017年にウォータールー大学から名誉学位を授与されました。
19歳の時にスマートフォン向けの位置情報サービスに関するアプリを開発し、ループト社の共同創業者兼最高経営責任者に就任。その後同社を売却して投資業を営むYコンビネータ社の非常勤パートナー、そして2014年に同社の代表に就任し、2015年には「フォーブス」で30歳以下のトップ投資家に選ばれています。
2019年には2015年に設立されたOpenAIに注力するようになり、のち最高経営責任者に就任。ChatGPTが大評判となった2023年にCEOを解任されましたが、わずか5日後に9割の従業員の復帰要求で復帰を果たしました。
10代の頃から同性愛者であることを公にしており、幼少期からのベジタリアンとしても有名です。
さらに念のために記しておくと、OpenAIは人工知能を開発するアメリカの企業で、人類に利益をもたらす汎用人工知能(AGI)の普及と発展を目標に研究している組織です。文章生成AIのChatGPT、画像生成AIのDALL-E、動画生成AIのSoraなどがよく知られています。
それでは、目次を紹介しましょう。
・プロローグ クーデター前夜
・PART 1 出発 1985-2005
CHAPTER 1 神童を生んだ「強烈すぎる両親」
CHAPTER 2 「人を動かす」才能にめざめる
CHAPTER 3 「位置情報サービス」で起業する
CHAPTER 4 Yコンビネータ1期生になる
・PART 2 成長 2005-2012
CHAPTER 5 「ジョブズやゲイツと並ぶ逸材だ」
CHAPTER 6 ループトで「敵を味方にする術」を学ぶ
CHAPTER 7 スティーブ・ジョブズにシゴかれる
CHAPTER 8 社員の信用を一気に失う
・PART 3 飛躍 2012-2019
CHAPTER 9 ピーター・ティールに投資を学ぶ
CHAPTER 10 Yコンビネータ社長に抜擢
CHAPTER 11 「非営利のAI研究所」構想
CHAPTER 12 OpenAI創業と「効果的利他主義」
CHAPTER 13 前代未聞の「株を持たないCEO」
・PART 4 岐路 2019-
CHAPTER 14 「危険すぎて公開できない」AI?
CHAPTER 15 世界を揺るがせたChatGPT公開
CHAPTER 16 CEO解任事件、衝撃の真相
CHAPTER 17 さらなる難局へ
・エピローグ 未来へ
「クーデター前夜」と題されたプロローグでは、2023年11月中旬のある夜の会食を舞台にしていますが、そこにさらりとOpenAIとイーロン・マスクの決別や、OpenAIを退社してChatGPTのライバルとなる文章生成AI・Claudeを生みだすアンソロピックのメンバーたちのことが語られています。
その時点でOpenAIの企業評価額は800億ドルを超え、700人を超える社員は保有株式を売却して海辺の別荘を購入する日を夢見ていました。前年11月に公開したChatGPT3.5は公開後3か月以内にユーザー数が1億人を超えましたが、今でもそのスピード記録は破られていません。
続いて発表されたChatGPT4は司法試験の合格水準をクリアし、大学レベルの生物学試験で好成績を取るなど、AIの目もくらむような進歩を世の中に見せつけていました。誰もがOpenAIの「世界初の汎用人工知能(AGI)を安全に実現する」という野心的使命がまもなく実現することを疑いませんでした。
ChatGPTの開発に当たって、サム・アルトマンは実際にコードを書いていたわけではありません。彼はビジョナリー(先見者)、エバンジェリスト(伝道者)、ディールメーカー(交渉人)の役割に徹し、不可能に近いアイデアを可能だと思わせ、巨額の資金を調達してそのアイデアを実現してみせるプロモーター(興行師)だったのです。
プロローグでは彼のその手腕はスタートアップ養成機関であるYコンビネータを運営する間に培ったものだと説明されています。彼はYコンビネータ時代に、彼の初めてのメンターから「小さく考えすぎるな。ビジネスモデルを磨いて、プレゼン資料の収益予想を百万ドルから十億ドルに変える方法を考えろ」と指導されていました。
しかしその会食の夜、OpenAIの6人の理事のうち4人がアルトマンを解任するための秘密のビデオ会議を開いていたのです。
なぜアルトマンは解任されなければならなかったのか。理事たちの解任理由には「理事会との意思疎通において、一貫して率直ではなかった」とありました。そして、この解任劇の真相は、本書の終盤で明らかにされます。
著者がアルトマンと初めて会ったのは、2023年3月、AIフィーバーの第1波が世界を席巻していた最中のことです。その日の夕方のトップニュースは、ChatGPT 4が司法試験の合格水準を高得点で突破したことを伝えていました。
やがて時間に遅れたことを詫びながらやってきたアルトマンは、身長173センチのほっそりした小柄な人物でした。ただし緑の射貫くような目が印象的だったと著者は述べています。
この時のインタビューでアルトマンは、「AGIが実現すれば、世界の大多数の人の暮らし向きがずっとよくなる」と語りました。また、「安全なAGIが普及すれば、多くの人が今とはちがう種類の仕事に就くことになる。なぜなら今は、ほとんどの人が不本意な仕事をしていると思うから」とも述べました。
そのインタビューが掲載されてから本書の出版交渉が始まりましたが、当初アルトマンは出版に反対していました。理由は「自分にばかり注目が集まるのは困る」というものでした。
著者はそれでも諦めずにアルトマンに電話をかけ続けました。すると、ある時「気が変わった」という連絡をもらうことができました。それはあの解任劇の5日後、彼がCEOの座を奪還してからのことでした。
著者は「アルトマンは『自分は未来を見通す力がある』と人々に信じ込ませる術に長けている」と書いています。アルトマンの描く未来では、やがてAGIが人間の意志の延長となり、それがないと自分ではないと感じるようになるそうです。生徒は無料か安価なAI家庭教師に学び、今生きている誰よりも知力と適応力が向上するといいます。
弁護士やグラフィックデザイナー、コンピュータプログラマーなどが現在担っている仕事の大半をAIが引き受けるので、商品やサービスの価格は低下し、人々は本当にやりたいクリエイティブな仕事に集中できることになります。
そして核融合による安価な核エネルギーが実現し、官民共同の投資で建設された巨大なデータセンターにその電力が供給されます。その結果、AIは電気のように日常に溶け込み、がん治療や物理学の謎の解明に貢献することで、人類の寿命はどんどん延びていきます。そうして人類はこれまで誰も手にすることのなかった健康と豊かさの時代に足を踏み入れる、とアルトマンは言います。
OpenAIの輝かしい成功と並行して、アルトマンは自分のビジョンの実現に役立ちそうな400社以上ものスタートアップに巨額の個人投資をしています。その中には、核融合によるクリーンな発電をめざす「ヘリオン・エナジー」や、小型核分裂炉を開発する「オクロ」があります。
プロローグの後半には、著者によるサム・アルトマンの「まとめ」があります。
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スピードを求めリスクを愛する凄腕のディールメーカーであり、宗教めいた確信を持って技術進歩を信奉し、それでいて、ときには周りの人よりも早く動きすぎ、衝突を避けようとするあまり、かえって大きな衝突を招くこともある人物。
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彼の恩師はこう語っています。
「人食い人種で一杯の島にパラシュートで落としたとしても、5年後に戻ったら王になっている」
こうしてスタートした本書は、サム・アルトマンの家族や初期のキャリアから語り起こされ、一人の「時代の寵児」をさまざまな角度から描写していきます。
1985年4月22日、サミュエル・ハリス・アルトマン誕生。2歳のころに自宅のビデオデッキを勝手に操作して「セサミストリート」のビデオを再生して見ていたそうです。3歳のころには市外局番の概念を理解していたというから驚きです。
アルトマンが初めて触れたコンピューターはMac LC IIでした。プログラミングは小学校のコンピュータ室で独学で学びました。単純なBASICのプログラミングにはすぐに飽きてしまい、「自分で学習して思考できるコンピュータをつくったらどうなるだろう」と考えるようになったといいます。
アルトマンの通った公立中学は資金不足で学級崩壊状態となり、私立校に転校することになりました。新しく通うことになった学校はロッカーに鍵があり、荷物が盗まれないことに喜んだそうです。アルトマンはクラスで一番頭がよく、校内でただ一人、C++のプログラミング本を持っていたそうです。
高校3年生に相当する12年生に上がる頃、3G携帯電話ネットワークが利用可能になり、スマートフォンからインターネットが使えるようになりました。アルトマンはいち早くそれを取り入れて使いこなしていました。
大学進学にあたって、アルトマンはハーバード大学、スタンフォード大学、ノースカロライナ大学の3つの志望校すべてに合格し、学費全額免除のノースカロライナ大学を選択しました。自分の後に3人の弟妹が大学に行く予定だったため、親に負担を掛けまいとしたのだそうです。しかし両親は彼をスタンフォード大学に送り出しました。この判断が、今のサム・アルトマンを作ったといえるのかもしれません。
大学1年の時、アルトマンは「取り組みたいこと」のリストを書きました。上から順に「AI」、「核エネルギー」、「教育」だったそうです。今やっていることは、まさにそのリストの通りです。
まだまだ本書のほんの一部分しか紹介していませんが、魅力の一端は伝えられたかと思います。興味のある人は、ぜひ実物をご覧ください。