本書は単なるマーケティング本ではなく、「AI時代に人間が提供できる価値とは何か」という視点で書かれた本です。
カバー下には「会議室を出よ」「ペルソナをやめよ」「7つの大原則とは?」というキーワードが目立つ形で配置されています。「会議室」「ペルソナ」から連想できることは、「机の上でビジネスを組み立てるのはやめよう」という著者からの提案に見えます。
それを裏付けるように、「『平均的な顧客』などいない。空想を捨て、リアルな一人を救う技術」というコピーがあります。本書の推薦者である北野唯我氏の言葉のようにデザインされています。
北野唯我氏はキャリア論や組織論の分野で知られる博報堂出身の実業家・作家で、代表作『転職の思考法』など、累計50万部の実績がある人です。仕事や転職を感情論ではなく市場価値の観点から考えることを主張しています。
「ペルソナ」についてはみなさんご承知と思いますが、マーケティングで使われる仮定的な顧客層のことです。「30代子育て中の女性。年収350万円」といった文言をよく見かけると思います。
表紙から眺めたところでは、本書はそういった仮定の顧客像に頼るのではなく、リアルな顧客の姿をしっかりつかめと言っているように見えます。自分たちで設定した架空の顧客像ではなく、実際のお客さまの声を重視すべきだということでしょう。
それでは「まえがき」を読んで確かめてみましょう。
「まえがき」で著者は繰り返し「顧客のリアリティを見よ」と述べています。そして「AIは情報を集め、分析し、文章を書き、企画を作る。しかし顧客が抱える本当の課題は見つけられない」と言っています。
8ページにわたる「まえがき」をひと言にまとめると、「顧客に会え」になります。机上の分析よりも顧客の表情、言葉、行動を観察することで、AIでは見つけられない顧客の本当のニーズが見えるというのです。
著者はこうも言います。「言葉はフェイク、行動がファクト」と。人は口ではいろいろなことを言いますが、その人がやっていることをよく観察すると、本音が見えてくるものです。それを見つけることがAI時代に人間が行うべき価値創造であるというのが、本書のテーマというわけです。
著者である田岡凌は株式会社suswork代表取締役。京都大学を卒業後、ネスレ社にてネスカフェ、ミロのブランド担当となりました。その後、外資系ブランドマーケティング責任者、マーケティングスタートアップCMOを経て現職に就いています。
大手企業を中心に約30社の事業戦略、カテゴリー戦略を支援するほか、著書の『急成長企業だけが実践するカテゴリー戦略 頭に浮かべば、モノは売れる』がAmazon主要8部門で1位となり、「実務家が選ぶマーケティング本大賞2025」の大賞を受賞しました。
それでは、いつものように目次を紹介しましょう。
・まえがき
・第1章 世界の一流が実践する「顧客思考」
あなたの仕事にも顧客思考が必要
AI時代こそ、会議室を出よう
なぜあなたの組織には顧客思考がないのか?
顧客思考が強い組織に共通するたった1つのこと
・第2章 大ヒットの裏側にある「顧客思考」
1.Airbnb 旅先に「リアルな体験・居場所」を創出した革命
2.Uber 移動の不便を解決し、新しいライフスタイルを支えるインフラ
3.ネスカフェ ドルチェグスト 「淹れる手間」を「選ぶ楽しさ」に変えたイノベーション
4.Slack 30年続いた「メール」という最強の習慣を変えた新しい働き方
5.Canva デザインを「描く作業」から「選ぶ作業」へ民主化した発明
6.UHA味覚糖(グミサプリ) 健康習慣を「義務」から「快楽」に変えたブレイクスルー
7.山崎実業(tower) 日本の「狭いキッチン」に「高機能収納」をもたらしたハック
8.ドーミーイン(共立メンテナンス) 「寝る場所」から「ととのう場所」へ愛され続ける特別な空間
・第3章 顧客について知っておくべき「4つの現実」
1.情報はあふれている――顧客はすべての情報をスルーする
2.人は無意識で選んでいる――顧客はほとんどの場合、論理より直感
3.人は変わり続ける――顧客は場面ごとに異なる顔を持つ
4.標準的な情報は届かない――Differentだけが選ばれる時代
「顧客思考」の解像度を上げる
・第4章 顧客思考7つの大原則
法則1 WHO:顧客からはじめよ
法則2 PAIN:隠れた課題を見つけよ
法則3 VALUE:顧客主語で語れ
法則4 CONCEPT:ひと言が最強
法則5 IMAGE:イメージで届けよ
COLUMN 究極の顧客思考「カテゴリー戦略」
法則6 BARRIER:バリアを壊せ
法則7 GO OUT:顧客に会え
・第5章 AI時代こそ顧客に会え
あなたが顧客に会うのは簡単だ
1.顧客と会う時に重要なスタンス
2.コーチングから学ぶ、顧客の本音を聞く「4つの技術」
3.顧客ヒアリング「8つのステップ」
今すぐ会議室を出て、顧客に会いに行こう
COLUMN AI活用で顧客思考を組織にインストールする
COLUMN コミュニティは、「顧客思考」のインフラだ
・第6章 顧客思考の仕事術とキャリア論
あなたの仕事を変える顧客思考
顧客思考の仕事術:頭に浮かぶ人になれ
AI時代、顧客思考がキャリアを変える
COLUMN AI時代の「スマイルカーブ仕事論」
・第7章 顧客思考のアウトプット
顧客思考を1ページで実践する
顧客思考11の重要要素
顧客思考ケーススタディ
COLUMN 「顧客思考」を「カテゴリー戦略」に進化させる
本書は「なぜ顧客思考が必要なのか」から始まり、「顧客の現実」「7つの原則」「顧客との対話法」「AI時代のキャリア論」へと展開する構成となっています。まずは最初の「なぜ顧客思考が必要なのか」を見てみましょう。
著者はこのように言います。「仕事の本質とは、誰かの課題を解決し、価値をつくること」と。解決すべき課題を抱えている人こそが顧客であり、それはどのような職種、仕事にも共通していることです。
その上で、著者は問いかけます。「あなたの顧客は、誰ですか?」
その顧客は、感情を持った人間です。その人は今、何に困っているのか。どんな言葉をかけたら救われるのか。その一人ひとりを想像し、行動することであなたの仕事は「作業」から「価値ある仕事」に変わるのだ、と著者は言います。
そして著者はこうも言います。「AIは問いを解く。あなたは問いを見つけよ」と。AI時代、効率化はAIが得意です。しかしAIは顧客の息づかいや言葉にならない困りごとは感じ取れません。そこをすくい上げる泥臭い行動こそが、人間に残された最強の武器なのだというのが著者の主張です。
第2章では「顧客思考」で大ヒットを生んだ8社の事例が紹介されています。どんな会社が登場するかは目次で確認してください。ここでは割愛します。
次の第3章では「顧客の4つの現実」が語られます。1つめは「顧客はほぼすべての情報をスルーする」です。
それを確かめるなら、自分自身にでも、あるいは親しい誰かにでも、こう聞いてみるといいでしょう。「今日、印象に残った広告やキャッチコピーを挙げてください」と。ほとんどの人は即答できないはずです。
一説によると、現代人が1日に触れる情報量は、平安時代の一生分、江戸時代の1年分に相当するそうです。ある調査では人が1日に接触するメッセージのうち、記憶に残るのは1%以下で、あとの99%はノイズとして意識にのぼらないそうです。
だから、伝えたい情報はとにかくシンプルに。そしてインパクトをもって伝える事が大事だということです。
次の「現実」は、「人は論理より直感で選ぶ」です。人間の脳はできるだけエネルギーを使わないようにするため、日常の買い物の95%以上は無意識で選んでいます。売り手が脳をフル回転させて売り方を工夫しても、買い手は無意識に直感で選んでいるというわけです。
3つめの「現実」は、「人間は置かれた状況や文脈によって、別人のように人格を変える」です。ここがマーケティングでペルソナを仮定する場合の落とし穴になります。
ある一人の男性を追いかけてみても、オフィスでは厳格な営業部長の顔であり、週末の自宅のリビングでは猫と遊んでいる中年男性であり、学生時代の友人と居酒屋にいるときはビール好きの陽気なキャラクターです。このように場面ごとに人格が変わるのが人間という生き物の本質です。決して固定した存在ではないわけです。
それを踏まえると、顧客の特定の状況に合わせて、その時に求められているものを差し出すことが重要となります。ある状況では見向きもされなかった商品が、別の状況では誰もが欲しがる宝物になる。そういうチャンスは「顧客思考」からいくらでも生まれてくると著者は言います。
そして著者は「Betterで競うな、Differentで尖れ」と言います。情報の洪水の中で顧客が目を留めるのは、ちょっと便利、少し安いといったBetterではなく、「他とは明確に違う価値」=Differentだけだからです。
続く第4章では「顧客思考7つの大原則」が紹介されています。列記してみましょう。
1.WHO:顧客からはじめよ
2.PAIN:隠れた課題を見つけよ
3.VALUE:顧客主語で語れ
4.CONCEPT:ひと言が最強
5.IMAGE:イメージで届けよ
6.BARRIER:バリアを壊せ
7.GO OUT:顧客に会え
最初の「WHO」では、「あなたの顧客は誰か?」をもう一度問い直せと言っています。コアターゲットは誰なのかを絞り込み、リソースを一点集中させるべきだというのです。
2番目の「PAIN」は「顧客自身も知らない本当の課題を見つけよ」です。顧客が口にするのは氷山の一角でしかなく、ビジネスで勝つためには、隠れている課題を見つけてそこにアプローチする必要があります。見えている課題を追求するだけでは、いつまで経ってもレッドオーシャンから抜け出すことはできません。
3番目の「VALUE」は「企業主語」のメッセージを「顧客主語」に変えようというものです。「私たちの製品はこんな機能を持っています」を「あなたはこれができるようになります」に主語を転換するだけで、顧客に価値が伝わります。例としてiPodの「1000曲をポケットに」という有名なコピーが挙げられています。
4番目の「CONCEPT」は「最強のひと言を顧客に伝えよ」です。買ってもらいたい価値をどんなひと言で表現するか。ここが売り手の腕の見せどころです。例としてinゼリーの「10秒チャージ」が挙げられています。
5番目の「IMAGE」は、顧客の直感に訴えかける方法について述べています。ビジュアル、サウンド、グラフ・図、キャラクター、モーションがその要素で、それらをうまく使うことで顧客の脳に「価値」を直接書き込むことができます。
その成功例として著者が挙げているのが、コロナビールの瓶の口に刺さったライムです。このビジュアルが「爽やかなビーチ」や「バケーションの解放感」を一瞬で想起させ、固定客をつかみました。
逆の失敗例として挙げられているのが、ひところのパソコンによくあった「メモリ16GB、解像度4K、最新世代のCPU」といったスペックの羅列です。これでは顧客の直感は反応しません。「で、何ができるの?」という疑問だけが残ります。
ここで著者は読者に3つの問いかけをします。あなたの商品についての問いです。
・その価値を見える形にするビジュアルは何か?
・その価値をひと言で表す比喩は何か?
・その価値が一瞬で感じられる「儀式」は何か?
ビジュアルの例が初代MacBook Airの「茶封筒」であり、比喩の例がレッドブルの「翼」であり、儀式の例がコロナビールの「ライム」だと著者は述べています。
6番目の「BARRIER」は、顧客の購買意欲にブレーキをかけるもの(バリア)をどう消すかです。バリアには3つのタイプがあります。
・リスクのバリア(失敗への恐怖)
・使用可能性のバリア(自分に使えるか)
・信頼性のバリア(効果への疑念)
続いてバリアを突破した企業の例が挙げられます。
・ZOZOTOWN:「服が合わないかもしれない」リスクのバリアを突破
・QBハウス:「仕事の合間でも行ける」使用可能性のバリアを突破
・RIZAP:信頼性のバリアを「返金保証」で突破
最後の「GO OUT」は本書のテーマである「顧客に会え」です。これがすべての法則の中で最も重要だと著者も言っています。どんなに優れた戦略フレームワークよりも、どんなに精緻なデータ分析よりも、まず顧客に会うことが大切だということです。その理由は「現場」が圧倒的に強いからです。
まだ本書の中身は続きますが、紹介はここまでにしておきます。自分のビジネスが伸び悩んでいると感じているすべてのビジネスマンにお勧めの1冊です。