「自己矛盾」とは何でしょうか。辞書を引くと、「自分自身の言っていることや考え方、行動が互いに食い違っていて、同時には成り立たない状態」と出ています。たとえば、論理学で「嘘つきのパラドックス」と呼ばれている例を挙げると、
「私は今、嘘をついています」
という発言は、それが嘘なら本当のことを言っていることになり、成り立ちません。また、本当であるなら、嘘をついていないことになり、やはり成り立ちません。これが典型的な自己矛盾です。
しかし、こんなややこしい例を挙げなくても、世の中は自己矛盾した発言だらけです。
「これ、絶対に他人に言っちゃヤバい話なんだけどさあ」
(自分は例外?)
「人に意見を押しつけてはダメだ」
(それが押しつけでは?)
「あいつは他人の悪口ばかりで性格悪いよ」
(これも悪口では?)
「多様性を受け入れない人は許せない」
(それを許すのが多様性では?)
……と、自分で言ったり聞いたりしている言葉にも、案外、自己矛盾が潜んでいるものです。
今回紹介する本は、そのような自己矛盾の特徴や構造を解析することで、読者に「メタ認知」を学んでもらおうというものです。「メタ」とは、対象を一つ上のレベルから見ることを意味し、「メタ認知」とは、自分の思考や認識を客観視することです。
真正面からメタ認知を学ぶのはなかなか大変なのですが、著者は、自己矛盾を考察することで容易にメタ認知を学ぶことができると説明しています。なぜなら、自己矛盾は上から客観視することでしか気づけないからです。
著者は本書の「はじめに」で、自己矛盾には三つの特徴があると言っています。
(1)自ら気づくことは極めて難しい(が、他人については気づきやすい)
(2)気づいてしまうと、他人が気づいていない状態が滑稽でたまらない
(3)他人から指摘されると「強烈な自己弁護」が始まる
そして著者は、インターネットの発展によって、この自己矛盾が大量に、半ば公的な空間に出てきてしまっていると指摘しています。SNSなどのインターネット空間で自説を発表する人の中には、「中途半端な自称賢者」が大量に存在し、その人たちが自己矛盾にあふれた発言をばらまいているというのです。
ただし、本書の目的は、それらの自己矛盾をいちいち指摘し、論評することではありません。自己矛盾のサンプルを分析し、その背景を探り、メタ認知に結びつけて、読者が役立てられるようにすることが目的です。
それでは、はじめに目次を紹介しましょう。
・はじめに
・モグラ劇場
・第1章 自己と矛盾 本書における定義と範囲
・第2章 滑稽と戒め 自分は気づかない、他人は気づく
・第3章 歪み 想像を絶する違いに気づいているか
・第4章 二つの頭 知の構造と発展
・第5章 「抽象的でわからない」 人間であることを批判する?
・第6章 遠近 「メタ認知」とは何か
・第7章 無限マトリョーシカ 劇場モデルで見る「三つの視点」
・第8章 無知の無知 人間の知性には限界がある
・第9章 知識差 実は「ほとんど一緒」と知る
・第10章 非メタ 「自称賢者」の勘違い
・第11章 「空は黒い」 言葉には二つのレベルがある
・第12章 「あの人はケチだ」 第二の視点から解放されるために
・第13章 「まったく気にしない」 自己矛盾発現の裏事情
・第14章 「行動がすべてだ」 心理的バイアスの落とし穴
・第15章 「自分の頭で考えろ」 それは非常に困難な要求
・第16章 「先進事例を真似したい」 それはもはや「先進的」とは言えず
・第17章 「今日は無礼講でいこう」 「号令」という怪しさ
・第18章 「全社一丸となって多様性を推進します」 決意表明に見る構造的自己矛盾
・第19章 「多様性の進展度を測定したい」 評価指標で定量化される価値観
・第20章 「横串を通そう」 温存されるセクショナリズム
・第21章 宿命 思考を硬直化させる「言葉の定義」
・第22章 「クライアントは何もわかっていない」 「賢者のつもり」という喜劇
・第23章 「あなたのために言っている」 教育自体に宿る自己矛盾
・第24章 「イノベーターを育てる」 教育制度と「広大な荒野」
・第25章 内在する自己矛盾 マイノリティ問題はなぜ困難なのか
・第26章 強烈な自己矛盾 自然保護と人間のエゴ
・第27章 逃れられないのなら
・おわりに
「はじめに」のすぐ後から、「モグラ劇場」という4コママンガが6ページ続きます。キャラクターはすべてモグラで、著者のシリーズではおなじみのマンガ家による作品です。登場するのは「白モグラ」「黒モグラ」「神モグラ」の三人。モグラである理由は、目が見えていない動物なので、視覚という幻想にとらわれていない立場を示しているからだそうです。
まずはこの6ページのマンガを読むことで、本書で言いたいことの概要をつかんでほしいという著者の意図が込められています。
ここで著者を紹介しておくと、1964年生まれのビジネスコンサルタント・著述家で、東大工学部から東芝を経て、コンサルティングの世界に入っています。問題解決や思考に関する講演やセミナーを行っており、主な著書に『問題解決のジレンマ』(東洋経済新報社)、『メタ思考トレーニング』(PHPビジネス新書)、『やわらかい頭の作り方』(筑摩書房)などがあります。
第1章では、自己矛盾の例として「ノーコメントです!」が出てきます。芸能人や政治家が、マスコミに対する返答としてよく使う言葉ですが、「コメントしているじゃん」というツッコミはあまり聞かれません。
この章で著者は、自己矛盾を「言動における一貫性のなさ」と定義しています。具体的には、「言っていることとやっていることが違う」「他人に対する姿勢と自分に対する姿勢が違う」というものが典型的です。
目次を見ておわかりのように、本書は全27章から構成されていて、各章は短めです。そのため、すらすらと読み進めることができると思います。第2章では、本稿の冒頭で紹介したような自己矛盾の例が、さらに追加されます。
「全社一丸となって多様性を推進します」
(「全社一丸」は多様性ではないのでは?)
「ネガティブな意見は禁止!」
(この命令もネガティブでは?)
「こちら、大変に有名な方なんです」
(そんなに有名なら、紹介の必要はないのでは?)
これらの発言に共通しているのは、発言者が矛盾に気づいていないこと、しかし例として並べれば、誰もが矛盾に気づくことです。そして、一度気づいてしまうと、それが滑稽に見えます。
第2章の最後に、著者は「人の振り見て我が振り直せ」という古い戒めを持ち出します。自己矛盾は他人のことならすぐに気づけるのですから、他人の自己矛盾を発見したら、自分も同じようなことをやってはいないかと点検するべきだというのです。
第3章では、自己矛盾の原因の多くを占める「非対称性」が論じられます。「自分」と「他人」を、人は同等には見ていないということです。よく「自分に甘い」という言葉を耳にしますが、人間は誰しも自分に甘く、自分をひいき目に見ています。それが「言っていることとやっていることの違い」となって現れます。
たとえば、「この国では政治家とマスコミのレベルが低い」と批判する人がいますが、政治家を選んだのは誰か、マスコミの視聴率は誰の意向を反映しているのかを考えれば、安易な批判はできないはずです。
また、経験者と未経験者の非対称性も、自己矛盾の原因になり得ます。知っている人は、知らない人に対して精神的に優位に立っていると錯覚するので、したり顔でお説教を始めてしまいます。「かつての自分」に偉そうなことを言うのは、昔、自分が嫌いだった年寄りと同じことをしているのだということに気づきません。
少し先に進んでみましょう。第6章では、本書のテーマである「メタ認知」が取り上げられます。メタ認知は、物事を見る姿勢として、自己矛盾と対極にある存在です。これが自由に使えるようになると、思い込みから脱却したり、創造的な発想を展開したりすることが可能になります。
自己矛盾とメタ認知の比較を著者が表にまとめていますので、紹介します。
自己矛盾 メタ認知
――――――――――――――
主観が支配 客観が支配
近くから見る 遠くから見る
矛盾だらけ 矛盾なし
バイアスの塊 バイアスなし
著者はこの違いのうち、「近く」と「遠く」を重視しています。
「近く」を見る 「遠く」を見る
―――――――――――――――――――
具体のみが見える 抽象化できる
すべてが特殊 一般化する
細かく分ける 大きくまとめる
たとえば、関東の人は「関西の人」と簡単に言いますが、関西の人からすれば、「大阪と京都と神戸を一緒にするな」と言いたいでしょう。さらに大阪の人にすれば、「豊中と岸和田は一緒に語れない」と言うかもしれません。遠く離れるほど、違いが目立たなくなるのです。
そして、究極の「近くのもの」が自分自身であると著者は言います。多くの人は、自分と他人は違うと思っています。自分はすべてにおいて特殊であり、自分に属する世界も特殊。だから、知ったような顔で一般化されると、猛烈に反撃したくなります。
そのくせ、逆の立場になると、他人のことを一般化したくなるのです。これをメタな視点に上がって見ると、「誰もが同じように、自分は特殊だと思っている」と一般化できます。自分と他人の非対称性が、メタ認知によって見えてくるわけです。
第8章で著者は、自己矛盾は人間の知性の限界から来ると説明しています。自分が無知であることを自覚していない「無知の無知」が自己矛盾の原因であり、それは多くの場合、「中途半端に知識がある人」に発現します。
続けて、自己矛盾の原因について、著者は次のようにまとめています。
★自分と他人:「自分から見る自分」と「他人が見る自分」との間のギャップ
★主観と客観:自分は客観的だと思っているが、実は主観的であるというギャップ
★行動と言葉:「言っていること」と「やっていること」との間のギャップ
★既知と未知:知っているつもりになっているが、実は何も知らないというギャップ
★具体と抽象:「具体」と「抽象」との間のギャップ
★相対と絶対:自分は絶対的視点に立っていると思っているが、実は相対的なものにすぎないというギャップ
★部分と全体:自分は全体だと思っているが、実は部分にすぎないというギャップ
著者は、「メタ認知ができている人」、つまりメタ視点に立っている人と、そうでない人との間に起こる問題を、事例を挙げて説明しています。
◎「コミュニケーションは取れている」VS「コミュニケーションが取れていない」
両者の意見がこの点で食い違うと、論争は平行線をたどります。二国間で「領土問題はない」「ある」と争っている場合も同じです。この状態をメタレベルで見ると、「問題がある」という結論になります。
◎「常識にとらわれるな!」
よく耳にする言葉ですが、ほとんど意味をなしません。なぜなら、常識にとらわれている人は、自分が「常識にとらわれている」と認識していないからです。メタレベルの問題を、非メタレベルの人たちに言うこと自体が矛盾です。
◎「忘れ物はありませんか?」
学校の先生が生徒に対してよく言いますが、忘れ物をしている人は、そのことに気づいていないので、この注意はほぼ無駄です。
◎「関係者以外立入禁止」
誰が「関係者」であることを決めるのかが欠落しているので、立ち入りを拒みたい人に対する抑止力になっていません。「私は怪しい者ではありません」というセリフと、ほぼ同じ矛盾があります。
◎「拡散希望」
SNSでよく目にする表記ですが、拡散するかどうかは発信者が決められることではありません。本の帯に「ベストセラー希望」と書くのと同じ滑稽さがあります。
◎「まったく気にしていません」
あることを気にしていないのなら、言及する必要はないはずです。それをことさら発言していることで、「実は気にしている」と表明しています。
◎「行動がすべてだ」
これも、よく見聞きする言葉です。しかし、本当に行動が大事であるならば、このような言葉を他者に発している数秒の間にも、自分にできる行動をするべきでしょう。
◎「自分の頭で考えろ」
「他人から言われたとおりにするだけでなく、自分の意見を持て」という意味なのでしょうが、そう言われて考え始めた人は、本当に自分の頭で考えていると言えるのでしょうか。自分の頭で考えるという行為は、内発的なきっかけによって起動するものであるはずなので、最初のプロセスが外発的であるという時点で矛盾しています。
まだまだ本書の中身を紹介したいのですが、これ以上は、実際に読み始めてもらったほうがいいでしょう。「自分が他人からどう見えているか」「自社のサイトはお客様にとって魅力的か」などを考えるきっかけになる本だと思います。